一生、夢中。

CARS|JAPANESE|ホンダ

デートカーという、贅沢時代。

ホンダ プレリュード、1987年の装備と値段。

SERIESホンダ プレリュード(BA5)解体新書 VOL.2

SHARE
デートカーという、贅沢時代。

ベルノ店のショールームで、助手席に座ってみたことがある人は分かると思う。頭の上がやけに明るい。

1987年4月10日に発売された3代目のホンダ プレリュードは、サンルーフの開口部を2代目より56mm前へ出していて、広がったのが前方だったから、座ったまま見上げたときに視野へ入る空の量がそのぶん増えている。100km/hの5速走行で室内中央の騒音は66dB——2代目の69dBから3dB下がっていて、ちょうど人が「静かになった」と判断できる境目にあたる。

屋根が明るくて、隣の声が聞こえる車だった。

ただし、その車にエアコンは付いてこない。どのグレードを選んでも18万2000円の別料金で、同じ価格表に並ぶ4WSが8万円、A.L.B.が15万円だったから、世界初をうたった後輪操舵より涼しさのほうが2倍以上した。何に金を払うかを、買う側が1行ずつ選ばされた時代である。

この車が「デートカー」と呼ばれるようになるのは後のことで、1987年の発表資料にその言葉はない。ホンダが名乗ったのは「FFスペシャルティカー」だった。それでも、呼ばれるだけのものは最初から価格表と装備表に並んでいて、月間販売計画4,000台というのは、毎月4,000人がその行に丸を付ける前提の数字だった。

※本記事にはアフィリエイト広告(プロモーション)を含みます。

助手席から、屋根が56mm遠くなった。

サンルーフの開口部が、2代目より前へ出た。広がった量は56mm。数字だけ読むと小さいが、効くのは広がった方向のほうである。開口が運転席と助手席の真上から前へ伸びれば、頭を動かさずに見上げられる範囲が、フロントガラスの上端寄りまで届く。

当時の記事は、フロントシートからの上方の眺めが大きく向上した、と書いている。スライディングのみで、チルトアップはできない。

この車を「デートカー」と呼んだのは、後の市場とメディアである。1987年4月9日の発表資料にその言葉はなく、ホンダが名乗ったのは「FFスペシャルティカー」だった。呼び名は後から付いたが、呼ばれるだけの中身は最初から数字で用意されている。56mmはそのひとつにすぎない。

乗車定員は4名。後席は、身長160cmの女性が座ってもなお余裕がある、と当時のレポートは伝えている。2ドアクーペの後席としては、実用の下限を割っていない。ただしこの車の後席は、人を運ぶためだけに置かれた席ではなかった。屋根が開き、前の2席が低く、視界が広い。そういう車の後ろに2席あるという構成そのものが、売り方の一部だった。

後席へ乗り込むときに使うものが、助手席に付いている。

シートバックを前へ倒すレバーで、助手席の外側だけでなく、センターコンソール側——つまり運転席から手の届く場所——にも設けられている。パーツリスト上のノブの名前は「ウォークイン・ノブ」。2ドア車の後席へ乗り降りしやすくするための機構である。初めて付いたのは2代目で、3代目と4代目まで引き継がれ、5代目で消えた。3代続いて、4代目を最後に無くなった装備ということになる。

ホンダは当時、センター側にレバーを置く理由を、ドライバー側からもワンタッチで操作できるため、と説明していた。目的は後席への動線であって、それ以上のものではない。

ただし、運転席に座ったまま助手席のシートバックを倒せる、という事実のほうは残った。この装備が後年「親切レバー」などと呼ばれ、デートカーという呼び名とセットで語られるようになる。デートカーという言葉が使われはじめたのは2代目からで、レバーが付いたのも2代目から。トヨタ ソアラや日産 シルビアも、同じ言葉で括られた車である。

発売時の国内月間販売計画は4,000台。ベルノ店扱いである。12倍すれば年48,000台になるが、これは計画値であって実績ではない。

4,000台という数字は、特別な車に付ける数ではない。毎月4,000人が、この屋根の開く2ドアを買う前提で作られていた。

そして、その4,000人が隣の人と話せるようにも作られている。100km/hの5速走行で、室内中央の騒音は66dBで、2代目の69dBから3dB下がっている。

人が音の大小を判断できる最小の単位が3dBだとされるから、ちょうど「静かになった」と分かる境目にあたる。屋根が開いて、視界が広くて、隣の声が聞こえる。デートカーという後から付いた呼び名は、この3つが揃っていたことを指している。

1みんなの写真

tt

六本木のカローラと、呼ばれていた。

1980年代後半、BMWの3シリーズには「六本木のカローラ」という呼び名が付いていた。メルセデス・ベンツの190Eは「小ベンツ」で、こちらは「赤坂のサニー」とも呼ばれた。

高いから付いた名前ではない。多すぎたから付いた名前である。

同じ時期、プレリュードの2.0Siは214万5000円だった。アルバイトを続けた学生や、ローンを組んだ新社会人の手が届く金額である。ソアラやBMWとは、最初から別の棚にあった。

そして、こちらは右ハンドルだった。

左ハンドルの輸入車では、料金所の発券機も、路肩の見切りも、助手席側に負担が出る場面がある。プレリュードにその場面はない。運転席はもともと右にあり、助手席側へ手を伸ばす設計が最初から入っている。シートバックを倒すレバーがセンターコンソール側にもあるのは、その一例にすぎない。

屋根が開き、視界が広く、100km/hで66dB。後輪が切れるという話のネタまで8万円で買えた。助手席に座る側から見て、気負わずに乗れる車だったことになる。

バブル期に、ベンツやBMWよりプレリュードのほうが女性に好かれた——という逸話が、いまも語り継がれている。

高級車で圧倒するより、居心地のいい空間を出すほうが効いた、という話である。逸話の当否はさておき、この車が助手席の側に何を用意していたかは、価格表と装備表に残っている。56mmも、66dBも、ウォークイン・ノブも、全部そこに書いてあった。

ワイパーが、1本から2本になった。

2代目プレリュードの正面には、ワイパーが1本しかなかった。長いアームが1本で、助手席側まで一気に拭き上げる。他の車にない顔の作り方で、そのまま商品の個性になっていた。

3代目で、これが2本に戻る。

理由は視界のほうにある。ウインドウ面積が広がり、従来の1本方式では充分な拭き取り面積を確保しにくくなった。当時の記事は、ドライバー側の右上方視界は2本のほうが有利だと書き、さらに「ワンアームは動きが速く、周囲に水を撒き散らす」という話も添えている。

2代目319度3代目326度+7度
水平視界の広がり2代目の319度から326度へ。ピラーを細くし、ボンネットを下げた結果。モーターファン別冊 ニューモデル速報 第50弾『新型プレリュードのすべて』1987年5月20日発行

広がり方は数字で出ている。水平視界は2代目の319度から326度へ。全周でいえば339度——両眼による補捉視界角で、これはかなり広い部類に入る。ピラーを細くし、サンルーフを前へ寄せ、ボンネットを下げた結果がここに集まっている。

視界を広げた代償として、拭く面積が増えた。増えた面積を1本で追うか、2本に戻すか。ホンダは2本を選び、個性だったはずの1本ワイパーを手放している。

見た目で分かる変更だから、当時は惜しむ声もあった。ただ、この車が広げようとしていたのは顔の個性ではなく、座ったときに見える範囲のほうだった。

計器は3つ、タコは8000rpmまで。

メーターは大型の3眼で、中央にスピードメーター、左に8000rpmまでのタコメーター、右に燃料計と水温計が並ぶ。

目盛と指針は白、ライト点灯時のイルミネーションはブルーグリーン。落ち着いた色で、視認性は良い。

変わったのは、消えたほうである。2代目のスピードメーターには、100km/h以上の領域に塗り分けが入っていた。速度計の上のほうだけ色を変えて、ここから先は高速域だと示す作りで、当時の国産車にはよくあった。3代目は、これを廃止している。盤面から高速域の区切りが消えたということは、100km/hを特別扱いしない前提で目盛を引いたということでもある。

メーターの右下には、セーフティインジケーターが置かれた。ドアとトランクの開放、ブレーキの電球切れ、前照灯昇降装置の異常を警告する。リトラクタブルを持つ車なので、ライトを起こす装置そのものが点検対象に入っている。

ステアリングは7段階のチルトで、コラムの左根元のレバーを手前に引くとロックが外れ、角度が変わる。ドライバー交代のときだけでなく、気分を変えたいときにも効く——当時のレポートはそう書いている。

クルーズコントロールは、SiとXXに標準装備。操作系はステアリング右スポークに内蔵されていて、親指1本で済む。1987年のクーペとしては、かなり踏み込んだ装備の入れ方だった。

8万円の行は、XXにもあった。

1987年4月の価格表には、オプションとして「4WS 80,000円」が並んでいた。

この行が付いていたのは、2.0Siだけではない。発表資料の書き方は「8万円高で2.0Si、2.0XXに装備車を設定」である。ベーシックグレードのXXにも、世界初をうたった舵角応動型4輪操舵が8万円で付いた。

ホンダ 4WS80,000円E-BA5になるホンダ PGM 2WAY 4AT99,000円ホンダ 3チャンネル・デジタル制御A.L.B.150,000円4WSの1.875倍
1987年4月のオプション価格4WSは8万円。A.L.B.の15万円は、当時のカーステレオ一式より高い追加額だった。本田技研工業 1987年4月9日発表資料

上級グレードの証として売らなかった、ということになる。

車検証の型式欄を見ると、その配り方がそのまま残っている。E-BA4とE-BA5。この一文字を分けているのは排気量ではなく、後輪が切れるかどうかである。4WS装備車がE-BA5、非装備車がE-BA4。

BA4が1.8L、BA5が2.0Lという区分が広く流布しているが、発売時の3代目に1.8Lの設定はなく、SiもXXも2.0Lだった。

ホンダ プレリュード 2.0Si 4WS(E-BA5)主要諸元
全長4,460mm
全幅1,695mm5ナンバー枠まで5mm
全高1,295mm
ホイールベース2,565mm
トレッド(前)1,480mm
トレッド(後)1,470mm
最低地上高155mm
車両重量1,180kg資料により1,150〜1,200kg
乗車定員4名
ドア数2枚
総排気量1,958cm³
内径(ボア)81mm
行程(ストローク)95mm
ボア/ストローク比0.85算出値
バルブ総数16本DOHC16バルブ
最高出力(5速MT)145PSネット
最高出力発生回転数6,000rpm
最大トルク17.8kg-m
最大トルク発生回転数4,500rpm
最高出力(PGM 2WAY 4AT)140PS
燃料タンク容量60L
10モード燃費11km/L当時の測定法
満タン航続(10モード換算)660km算出値
A.L.B. 制御チャンネル数3チャンネル150,000円のオプション
後輪同位相舵角1.5度諸説あり
後輪逆位相舵角5.3度諸説あり
標準現金価格(東京・5速)2,145,000円1987年4月
4WS 追加額80,000円1987年4月
ホンダ プレリュード 2.0Si 4WS(E-BA5)主要諸元価格行は1987年4月の東京地区・5速車。車両重量は資料により1,150〜1,200kgの幅がある。本田技研工業 1987年4月9日発表資料、Honda公式 歴代プレリュード主要諸元PDF、カーセンサーおよびresponse.jpのカタログ値。算出値と注記のある行は編集部による計算

いま3代目を探すとき、この2つの型式はそのまま探し方になる。中古車の在庫ページは型式で絞れるようになっているので、4WS車だけを見たければE-BA5を指定すればいい。外観の写真を何枚めくるより、この一文字のほうが早い。

エンジンは分かれている。2.0Siが積むホンダ B20Aは水冷直列4気筒の横置きで、ベルト駆動のDOHCに1気筒あたり吸気2・排気2の計16バルブ、燃料供給は電子噴射式のPGM-FI。圧縮比9.4から145PS/6,000rpmを出していた。対する2.0XXは同じ4気筒でもSOHC12バルブにPGM-CVデュアルキャブレターで、圧縮比9.1、110PS/5,800rpm。

ホンダ B20A(5速MT)145PS6,000rpmホンダ B20A(PGM 2WAY 4AT)140PS
2.0Si の最高出力(変速機別)同じB20Aで2つの値。ATを選ぶと5PS下がる。いずれもネット表記。

同じ車名で、同じ排気量で、ヘッドだけが違う2台。その両方に、どちらでも選べる8万円の後輪が乗った。35PSの差はカタログの上では大きく見えるが、型式欄に出てくるのはそちらではない。排気量でもヘッドでもなく、後輪が切れるかどうかだけが記号になっている。

価格そのものは、住んでいる地区で動いた。2.0Siの5速車は東京2,145,000円から札幌2,189,000円まで、6地区で44,000円ひらく。輸送費のぶんが地区名とセットで表に出ていた時代の値付けである。ただしSiとXXの差額は、どの地区でも325,000円のまま動かない。

東京2,145,000円基準名古屋2,149,000円大阪2,153,000円仙台2,164,000円福岡2,172,000円札幌2,189,000円東京比+44,000円
ホンダ プレリュード 2.0Si(5速車)の地区別標準現金価格地区別価格制の時代。同じ仕様で東京と札幌に44,000円の差があった。本田技研工業 1987年4月9日発表資料

涼しさは、18万2000円した。

エアコンが標準で付いているグレードは、ひとつもない。マニュアルが18万2000円、オートが22万9000円。オートのほうには、送風が強すぎるときに風量を制限するマイルド・スイッチが設けられている。

この金額を、同じ価格表の別の行と並べてみる。4WSが8万円、A.L.B.——ホンダの4輪アンチロックブレーキ——が15万円、PGM 2WAY 4ATが9万9000円。

世界初をうたった後輪操舵より、夏を快適にするほうが2倍以上した。

いま読むと順序が逆に見えるが、1987年の買い手にとってはこれが現実の選択だった。エアコンを入れると、4WSとA.L.B.を両方足したのとほぼ同じ金額になる。涼しさを取るか、曲がる機構と止まる機構を取るか。カタログの前で丸を付ける人は、その二択を実際に突きつけられている。

この構造は、中古を見るときにそのまま効く。エアコンが付いているかどうかは、工場の仕様ではなく、38年前に誰かが決めた選択の結果である。4WSの有無が型式欄に残るのに対して、エアコンの有無はどこにも記号として残らない。現車を見るしかない。

1988年、シルビアはFRで来た。

プレリュードが出た1年1か月後、同じ土俵に別の答えが出てきた。

1988年5月17日に発売された日産シルビアで、型式はS13という。

寸法を並べると、驚くほど近い。全長4,470mm、全幅1,690mm、全高1,290mm。プレリュードは4,460×1,695×1,295だから、3辺とも10mm以内に収まっている。どちらも5ナンバー枠の2ドアクーペで、同じ駐車場に同じ顔で収まる大きさだった。

プレリュード 全長4,460mmFFシルビア 全長4,470mmFRプレリュード 全幅1,695mmシルビア 全幅1,690mmプレリュード 全高1,295mmシルビア 全高1,290mmプレリュード ホイールベース2,565mm前輪で蹴るシルビア ホイールベース2,475mm後輪で蹴る
ホンダ プレリュードと日産シルビアの寸法1987年と1988年、ほぼ同じ箱に収まった2台。違うのはホイールベースだけで、そこに駆動輪の位置が出ている。本田技研工業 1987年4月9日発表資料/日産ヘリテージコレクション(https://www.nissan.co.jp/HERITAGE/DETAIL/115.html)

ひとつだけ、大きく離れている数字がある。ホイールベースだ。プレリュードの2,565mmに対して、シルビアは2,475mm。90mm短い。

ここに、2台の設計の違いがそのまま出ている。プレリュードは前輪で蹴り、シルビアは後輪で蹴る。エンジンを横に寝かせて前輪を回すか、縦に置いて後ろへ送るか。軸をどこに置くかは、その選択の結果として決まる。

サスペンションも分かれた。プレリュードは前後ともダブルウィッシュボーン。シルビアはフロントがストラット、リヤがマルチリンクである。

エンジンは、プレリュードの2.0Si が1,958ccのB20AでPGM-FIの145PS/6,000rpm。シルビアQ'sは1,809ccのCA18D、DOHCで135PS。排気量で149cc、出力で10PSの差にとどまる。数字の上では大きな開きがなく、乗り比べた人が速さで迷う差ではなかったはずだ。

面白いのは後輪の扱いで、プレリュードは8万円の4WSによって後輪を切っていた。シルビアにもHICAS-IIがオプションで用意されていた。同じ時期に、別々の会社が、別々の駆動方式で、同じ「後輪を動かす」という手を打っている。

どちらが優れていたか、という話ではない。

同じ大きさで、同じ時代に、同じ若い買い手を狙いながら、前輪と後輪という正反対の答えを出した。シルビアは「デートカーとしての華やかさと、FRスポーツとしての本格感を両立させた」と評され、歴代シルビアで最多の販売台数を記録する。グッドデザインと日本カー・オブ・ザ・イヤーも獲った。

1982年の2代目プレリュードが作ったデートカーという市場に、1988年、後輪で走る車が入ってきたことになる。

プレリュードはこのあと、駆動方式を変えない。変えないまま、積むものを増やしていく。

1989年11月21日、一日で3つ増えた。

3代目が出て2年半、ホンダはこの車に一日で3方向の手を入れている。

上に伸ばしたのが、Si TCVだった。TCS——トラクションコントロールシステム——と、ビスカスカップリング式L.S.D.に、4WSと3チャンネル・デジタル制御A.L.B.を組み合わせたシステムを載せる。曲げる機構と、滑らせない機構と、止める機構を、1台に全部積んだグレードである。

安全の側にも足している。万一の衝突時にドライバーの顔面への衝撃を緩和する、SRSエアバッグシステム搭載車を設定。1989年の国産クーペとしては早い部類に入る。

そして横に増やしたのが、プレリュードinxだった。

同じ日の発表資料には、ほかにも手が入った行が並んでいる。XXのタイヤを13インチから14インチへ上げ、専用デザインのアルミホイールを採用。スポーツ感を強調したデザインのバンパーとリアパネル、本革巻ステアリングホイール、オーディオの出力アップ。

上へ、横へ、安全へ。一日のうちに3方向へ枝を伸ばしたことになる。発売から2年半が経ち、競合が揃いはじめた時期に、この車が選んだのは値下げではなく、積み増しだった。

目を開けたままのプレリュード。

1989年11月21日、リトラクタブルヘッドライトを持たないプレリュードが現れた。

異形固定式のヘッドライトを与えられた、ホンダ プレリュードinxである。鼻先の低さを売りにしてきた車が、顔の作り方だけを入れ替えて別名義で並んだ。

中身は分かれていない。inxの型式はE-BA4とE-BA5。プレリュード本体と同じ記号を使い、4WSの有無で型式が割れる構造まで同じで、Si 4WSというグレードも設定された。マイナーチェンジと同日の発表、同じ型式記号、同じ4WS——この3点が、両車の関係として確認できる事実にあたる。

顔だけが違う、ということになる。

リトラクタブルは、低い鼻先と灯火の取付高を同時に満たす形式だった。それを外した派生を同じ日に出すというのは、低さの出し方に別解があると認めたことでもある。2年後の4代目で、プレリュードはリトラクタブルそのものを捨てる。inxは、その手前に置かれた1台だった。
そして1990年10月、もう1本の枝が北米から戻ってくる。

Si Statesである。積んでいるのは輸出用のB21A型で、排気量は2,056cc。国内仕様のB20Aが1,958ccだから、98cc多い。その98ccが、この車を3ナンバーの側へ出した。3代目プレリュードに、3ナンバー専用車が加わったことになる。

ボディ同色のサイドモールは国内仕様より厚く、これも輸出仕様と同じもの。グリーンガラスが付き、オプションでレザーシートも選べた。価格は237.1万円で、3,000台の限定である。

5ナンバー枠に収まることを前提に作られてきた車が、3,000台だけ、枠の外へ出ている。

最後の1年は、特別仕様で売った。

1991年2月、XX スペシャルエディションが追加される。内外装に専用の仕様を加えたグレードで、設定から1991年9月までのおよそ7か月だけカタログに載っている。

ホンダ プレリュード(BA4/BA5)53か月1987年4月〜1991年9月/算出値ホンダ プレリュードinx(GAZOO区分)24か月1989年11月〜1991年10月/算出値ホンダ プレリュードinx(response.jp区分)11か月1989年11月〜1990年9月/算出値XX スペシャルエディション7か月1991年2月〜1991年9月/算出値
カタログに載っていた長さinxの販売期間は資料で割れる。どちらで数えるかで、短命さの度合いが2倍以上変わる。GAZOOカタログ、response.jpカタログ。月数は掲載期間からの算出値

4代目の発表まで半年あまりという時期に、145PSのSiではなく110PSのXX側へ手が入った。最後に動いたのは、上ではなく下のグレードだった。売れ筋を最後にもう一度押す、という判断があったことになる。

1987年4月9日 発売(2.0Si/2.0XX)1987年4月9日・月販計画4,000台1988年8月 一部改良1988年8月1989年11月21日 マイナーチェンジ(TCV・inx・SRS)1989年11月21日・3件同時発表1991年2月 XX スペシャルエディション追加1991年2月1991年9月19日 4代目発表1991年9月19日
3代目プレリュードの4年5か月1989年11月21日に3つが同時発表された。XX スペシャルエディションは最終期の約7か月だけ存在する。本田技研工業の1987年4月9日・1989年11月21日発表資料、Honda公式プレスインフォメーション(1991年9月19日)、GAZOOカタログ

3代目が走ったのは1987年4月から1991年9月までの約4年5か月。4代目の発表が1991年9月19日なので、そこで入れ替わる。2代目が1982年11月から1987年3月まで走った長さと、ほぼ同じである。

4年5か月のあいだに、この車のカタログは厚くなり続けた。1987年に並んでいたのはSiとXXの2つだけ。そこへSi TCVが上から、inxが横から、スペシャルエディションが最後に加わる。型式はE-BA4とE-BA5の2つのまま動いていない。増えたのは、売り場に並ぶ名前のほうだった。

トランクは380L、ただし張り出している。

トランクを開けると、意外に入る。大型のスーツケースが2個、あるいはゴルフバッグとショルダーバッグのセットを2人分。2ドアクーペの荷室として、不足を感じる場面は少ない。VDA測定法で測った容量は380ℓだった。

ただし、左右から張り出しているものがある。リヤサスペンションがダブルウィッシュボーン式になったため、その部分がトランクルームを両側から圧迫しているのだ。

アームを上下に2本重ねて支える形式は、ダンパーを立てる場所を選べる。タイヤハウス上端を低く作れるから、低い車体と噛み合う。その自由度の代わりに、アームとダンパーの通り道が荷室の側面を削る。2人用のパーソナルクーペと考えれば必要充分以上のスペースだが、箱の形としては素直ではない。

さらにこの車の後ろには、もうひとつ機械が入っている。4WSのリヤステアリングギヤボックスである。後輪を5.3度まで動かす機構と、後輪を支える4本のアームと、380ℓの箱。この3つが、同じ場所で場所を取り合っている。

曲がるための機構を後ろに積むと、荷物の置き場が削れる。1987年のプレリュードは、その交換に応じた車だった。では、後ろで何が起きていたのか——その中身は、VOL.1で開けている。

E-BA5が残したもの。

エアコンが18万2000円、4WSが8万円、A.L.B.が15万円。1987年にプレリュードを買った人は、欲しいものを1行ずつ選んで、そのぶんの金額を足していった。3つ全部に丸を付ければ41万2000円が車両価格に乗り、どれにも付けなければ同じ車がそのぶん安く手に入る。

その選択は、38年経ったいまも個体ごとに残っている。4WSの有無だけは型式欄に記号として出るが、エアコンもサンルーフも、現車を見るまで分からない。中古のプレリュードを1台ずつ覗くという作業は、1987年に誰かが価格表の前で迷った跡を、順番に開けていく作業でもある。

カタログの名前は4年5か月のあいだ増え続けた。Si、XX、Si TCV、inx、Si States、スペシャルエディション。それでも型式はE-BA4とE-BA5の2つのまま、一度も動いていない。

贅沢が、まだ1行ずつ値札の付いたものだった時代の車である。

あなたの夢中に追加

「あなたの夢中」は、DUADに登録すると使えます。入れた記事は、メニューの「あなたの夢中」からいつでも読み返せます。

パスワードはありません。メールアドレスを入れると、ログイン用のリンクが届きます。

登録する

もう一度読みたい記事を、あなたの夢中に。

この記事の夢中ポイント

  • 世界初をうたった4WSが、ベーシックグレードにも8万円で付いた。上の証として売らなかったという一点が、この車の売り方をいちばんよく表している。
  • 100km/hの5速走行で室内中央66dB。2代目の69dBから3dB下がっていて、人が「静かになった」と判断できる最小の単位がちょうど3dBにあたる。デートカーという呼び名は、屋根と視界と、この静けさで出来ている。
  • サンルーフの開口部が2代目より56mm前へ出た。広がったのが前方だから、座ったまま見上げたときの空の面積が変わる。水平視界も319度から326度へ。見える範囲を広げるために、1本ワイパーという個性を手放している。
  • エアコンは全車オプションで18万2000円。4WSの8万円、A.L.B.の15万円と並ぶ価格表の中で、涼しさがいちばん高い。1987年に何を新しいと見なしていたかが、この順序に残っている。

最終更新 2026年10月28日

FROM DUADISTS

この記事は、DUADISTから届いた写真と言葉で更新しています。

みんなの写真

DUAD SELECT

この記事を読んで気になったものを、編集部の視点で選びました。

読む

  • ノスタルジックヒーロー バックナンバー(3代目プレリュード特集号)

    inxを含む3代目のバリエーションを写真付きで扱った号があり、顔の違いを並べて見られる。

    形態: 雑誌バックナンバー・扱う年代: 1987〜1991年・対象: プレリュードおよびプレリュードinx

    Amazonで見る
  • Motor Fan illustrated 四輪操舵・シャシー特集号

    センターシャフトと遊星ギアで後輪を切る機械式4WSの構造を、図で追える。

    形態: ムック・主題: 四輪操舵とシャシー・対象機構: 舵角応動型4WS(同位相約1.5度・逆位相約5.3度)

    Amazonで見る
  • 絶版車カタログ 国産車編 1980年代(復刻カタログ集)

    3代目プレリュードのXXとSiが同じ見開きに並ぶ形式で、価格差と装備差を並べて確認できる。

    形態: 紙の書籍・収録年代: 1980年代・対象型式: BA4・BA5・価格: 2026年10月1日時点で変動

    Amazonで見る

作る・使う

  • 1/43 ホンダ プレリュード Si(BA5)1987 フェニックスレッド

    リトラクタブル格納時のボンネット高とフェンダーの関係を、立体で確認できる。

    縮尺: 1/43・対象: 2.0Si(BA5)1987年式・ボディ色: フェニックスレッド・全高換算: 約30mm(実車1,295mm÷43)

    Amazonで見る
  • DeAGOSTINI 日本の名車コレクション 第31号 ホンダ プレリュード BA5

    1/43より手に入りやすく、固定式ヘッドライトのinxと顔を比べる起点になる。

    縮尺: 1/64・収録号: 第31号・対象: BA5 1987年式

    Amazonで見る

※広告(アフィリエイトリンク)を含みます。価格・在庫は変動します。最新の情報は各販売ページでご確認ください。

みんなの写真が記事になる

この記事のテーマにまつわるものを撮影して、写真を投稿してください。編集部で確認のうえ、この記事に掲載します。

※投稿しただけでは公開されません。写真の位置情報は保存時に削除します。

写真

SNSアカウント(任意)

入れていただいた媒体では、DUADの投稿で @ を付けてご紹介します。空欄の媒体は、掲載名でご紹介します。

確認事項

みんなの言葉が記事になる

この記事を読んで気づいたこと、違うと思ったこと、実際に使用してわかったこと。あなたの言葉を聞かせてください。編集部で確認のうえ、採用した投稿をこの記事に掲載します。

※すべての投稿が掲載されるわけではありません。採用した投稿は、編集部で読みやすく整え、投稿名とともに掲載します。掲載時にはDUAD POINTを差し上げます(1記事につき1回)。

表示しない場合は「あるDUADIST」として掲載します。投稿名はマイページで変更できます。

DUAD CLUB

夢中の続きを、みんなで。

かつて夢中になったもの。

いまも追い続けているもの。

これから、もう一度始めたいこと。

DUAD CLUBは、同じ時代を生き、同じ熱を持つ人たちが集まるオンラインコミュニティです。

記事では伝えきれなかった話や、入手経路、実物を使った検証など、一人ではたどり着けない「夢中の先」を、仲間と一緒に深掘りしていきます。

  • 会員限定の記事・資料
  • 月1回のオンライン集会
  • 愛用品やコレクションの売買・譲渡掲示板
  • 取材・撮影に使用する実物や資料の情報交換

現在、開設に向けて準備中です。開始時期や参加方法を、メールでいち早くお知らせします。

参考資料・出典

本記事は、メーカー公式資料、公的統計・資料、当時のカタログ、専門媒体等を参照し、DUAD編集部が内容を確認・構成しています。ここに挙げるのは、本文の数値・年月日の根拠として実際に使った資料です。

百科事典・個人の記録1

事実に辿り着く入口として参照したもの。数値や年月日の根拠は、できるかぎり上の資料で取り直しています。

最終閲覧日:2025年6月9日

夢中の続きを、届けます。

新しい記事が出たときにお知らせします。

いつでも配信停止できます。