助手席から、屋根が56mm遠くなった。
サンルーフの開口部が、2代目より前へ出た。広がった量は56mm。数字だけ読むと小さいが、効くのは広がった方向のほうである。開口が運転席と助手席の真上から前へ伸びれば、頭を動かさずに見上げられる範囲が、フロントガラスの上端寄りまで届く。
当時の記事は、フロントシートからの上方の眺めが大きく向上した、と書いている。スライディングのみで、チルトアップはできない。
この車を「デートカー」と呼んだのは、後の市場とメディアである。1987年4月9日の発表資料にその言葉はなく、ホンダが名乗ったのは「FFスペシャルティカー」だった。呼び名は後から付いたが、呼ばれるだけの中身は最初から数字で用意されている。56mmはそのひとつにすぎない。
乗車定員は4名。後席は、身長160cmの女性が座ってもなお余裕がある、と当時のレポートは伝えている。2ドアクーペの後席としては、実用の下限を割っていない。ただしこの車の後席は、人を運ぶためだけに置かれた席ではなかった。屋根が開き、前の2席が低く、視界が広い。そういう車の後ろに2席あるという構成そのものが、売り方の一部だった。
後席へ乗り込むときに使うものが、助手席に付いている。
シートバックを前へ倒すレバーで、助手席の外側だけでなく、センターコンソール側——つまり運転席から手の届く場所——にも設けられている。パーツリスト上のノブの名前は「ウォークイン・ノブ」。2ドア車の後席へ乗り降りしやすくするための機構である。初めて付いたのは2代目で、3代目と4代目まで引き継がれ、5代目で消えた。3代続いて、4代目を最後に無くなった装備ということになる。
ホンダは当時、センター側にレバーを置く理由を、ドライバー側からもワンタッチで操作できるため、と説明していた。目的は後席への動線であって、それ以上のものではない。
ただし、運転席に座ったまま助手席のシートバックを倒せる、という事実のほうは残った。この装備が後年「親切レバー」などと呼ばれ、デートカーという呼び名とセットで語られるようになる。デートカーという言葉が使われはじめたのは2代目からで、レバーが付いたのも2代目から。トヨタ ソアラや日産 シルビアも、同じ言葉で括られた車である。
発売時の国内月間販売計画は4,000台。ベルノ店扱いである。12倍すれば年48,000台になるが、これは計画値であって実績ではない。
4,000台という数字は、特別な車に付ける数ではない。毎月4,000人が、この屋根の開く2ドアを買う前提で作られていた。
そして、その4,000人が隣の人と話せるようにも作られている。100km/hの5速走行で、室内中央の騒音は66dBで、2代目の69dBから3dB下がっている。
人が音の大小を判断できる最小の単位が3dBだとされるから、ちょうど「静かになった」と分かる境目にあたる。屋根が開いて、視界が広くて、隣の声が聞こえる。デートカーという後から付いた呼び名は、この3つが揃っていたことを指している。
1みんなの写真
六本木のカローラと、呼ばれていた。
1980年代後半、BMWの3シリーズには「六本木のカローラ」という呼び名が付いていた。メルセデス・ベンツの190Eは「小ベンツ」で、こちらは「赤坂のサニー」とも呼ばれた。
高いから付いた名前ではない。多すぎたから付いた名前である。
同じ時期、プレリュードの2.0Siは214万5000円だった。アルバイトを続けた学生や、ローンを組んだ新社会人の手が届く金額である。ソアラやBMWとは、最初から別の棚にあった。
そして、こちらは右ハンドルだった。
左ハンドルの輸入車では、料金所の発券機も、路肩の見切りも、助手席側に負担が出る場面がある。プレリュードにその場面はない。運転席はもともと右にあり、助手席側へ手を伸ばす設計が最初から入っている。シートバックを倒すレバーがセンターコンソール側にもあるのは、その一例にすぎない。
屋根が開き、視界が広く、100km/hで66dB。後輪が切れるという話のネタまで8万円で買えた。助手席に座る側から見て、気負わずに乗れる車だったことになる。
バブル期に、ベンツやBMWよりプレリュードのほうが女性に好かれた——という逸話が、いまも語り継がれている。
高級車で圧倒するより、居心地のいい空間を出すほうが効いた、という話である。逸話の当否はさておき、この車が助手席の側に何を用意していたかは、価格表と装備表に残っている。56mmも、66dBも、ウォークイン・ノブも、全部そこに書いてあった。
ワイパーが、1本から2本になった。
2代目プレリュードの正面には、ワイパーが1本しかなかった。長いアームが1本で、助手席側まで一気に拭き上げる。他の車にない顔の作り方で、そのまま商品の個性になっていた。
3代目で、これが2本に戻る。
理由は視界のほうにある。ウインドウ面積が広がり、従来の1本方式では充分な拭き取り面積を確保しにくくなった。当時の記事は、ドライバー側の右上方視界は2本のほうが有利だと書き、さらに「ワンアームは動きが速く、周囲に水を撒き散らす」という話も添えている。
広がり方は数字で出ている。水平視界は2代目の319度から326度へ。全周でいえば339度——両眼による補捉視界角で、これはかなり広い部類に入る。ピラーを細くし、サンルーフを前へ寄せ、ボンネットを下げた結果がここに集まっている。
視界を広げた代償として、拭く面積が増えた。増えた面積を1本で追うか、2本に戻すか。ホンダは2本を選び、個性だったはずの1本ワイパーを手放している。
見た目で分かる変更だから、当時は惜しむ声もあった。ただ、この車が広げようとしていたのは顔の個性ではなく、座ったときに見える範囲のほうだった。
計器は3つ、タコは8000rpmまで。
メーターは大型の3眼で、中央にスピードメーター、左に8000rpmまでのタコメーター、右に燃料計と水温計が並ぶ。
目盛と指針は白、ライト点灯時のイルミネーションはブルーグリーン。落ち着いた色で、視認性は良い。
変わったのは、消えたほうである。2代目のスピードメーターには、100km/h以上の領域に塗り分けが入っていた。速度計の上のほうだけ色を変えて、ここから先は高速域だと示す作りで、当時の国産車にはよくあった。3代目は、これを廃止している。盤面から高速域の区切りが消えたということは、100km/hを特別扱いしない前提で目盛を引いたということでもある。
TIPS
鍵穴に、明かりが点く。
運転席ドアのアウターハンドルを手前に軽く引くと、キーシリンダーに明かりが灯る。夜でも鍵穴を探さずに済み、キーの先端でボディを傷つけることもない。イグニッションキーシリンダーのリング状の照明とも連動して、数秒間だけ点く。1987年の2ドアクーペが、どこに手をかけていたかが分かる装備である。
メーターの右下には、セーフティインジケーターが置かれた。ドアとトランクの開放、ブレーキの電球切れ、前照灯昇降装置の異常を警告する。リトラクタブルを持つ車なので、ライトを起こす装置そのものが点検対象に入っている。
ステアリングは7段階のチルトで、コラムの左根元のレバーを手前に引くとロックが外れ、角度が変わる。ドライバー交代のときだけでなく、気分を変えたいときにも効く——当時のレポートはそう書いている。
クルーズコントロールは、SiとXXに標準装備。操作系はステアリング右スポークに内蔵されていて、親指1本で済む。1987年のクーペとしては、かなり踏み込んだ装備の入れ方だった。
8万円の行は、XXにもあった。
1987年4月の価格表には、オプションとして「4WS 80,000円」が並んでいた。
この行が付いていたのは、2.0Siだけではない。発表資料の書き方は「8万円高で2.0Si、2.0XXに装備車を設定」である。ベーシックグレードのXXにも、世界初をうたった舵角応動型4輪操舵が8万円で付いた。
上級グレードの証として売らなかった、ということになる。
車検証の型式欄を見ると、その配り方がそのまま残っている。E-BA4とE-BA5。この一文字を分けているのは排気量ではなく、後輪が切れるかどうかである。4WS装備車がE-BA5、非装備車がE-BA4。
BA4が1.8L、BA5が2.0Lという区分が広く流布しているが、発売時の3代目に1.8Lの設定はなく、SiもXXも2.0Lだった。
| 全長 | 4,460mm | |
|---|---|---|
| 全幅 | 1,695mm | 5ナンバー枠まで5mm |
| 全高 | 1,295mm | |
| ホイールベース | 2,565mm | |
| トレッド(前) | 1,480mm | |
| トレッド(後) | 1,470mm | |
| 最低地上高 | 155mm | |
| 車両重量 | 1,180kg | 資料により1,150〜1,200kg |
| 乗車定員 | 4名 | |
| ドア数 | 2枚 | |
| 総排気量 | 1,958cm³ | |
| 内径(ボア) | 81mm | |
| 行程(ストローク) | 95mm | |
| ボア/ストローク比 | 0.85 | 算出値 |
| バルブ総数 | 16本 | DOHC16バルブ |
| 最高出力(5速MT) | 145PS | ネット |
| 最高出力発生回転数 | 6,000rpm | |
| 最大トルク | 17.8kg-m | |
| 最大トルク発生回転数 | 4,500rpm | |
| 最高出力(PGM 2WAY 4AT) | 140PS | |
| 燃料タンク容量 | 60L | |
| 10モード燃費 | 11km/L | 当時の測定法 |
| 満タン航続(10モード換算) | 660km | 算出値 |
| A.L.B. 制御チャンネル数 | 3チャンネル | 150,000円のオプション |
| 後輪同位相舵角 | 1.5度 | 諸説あり |
| 後輪逆位相舵角 | 5.3度 | 諸説あり |
| 標準現金価格(東京・5速) | 2,145,000円 | 1987年4月 |
| 4WS 追加額 | 80,000円 | 1987年4月 |
いま3代目を探すとき、この2つの型式はそのまま探し方になる。中古車の在庫ページは型式で絞れるようになっているので、4WS車だけを見たければE-BA5を指定すればいい。外観の写真を何枚めくるより、この一文字のほうが早い。
エンジンは分かれている。2.0Siが積むホンダ B20Aは水冷直列4気筒の横置きで、ベルト駆動のDOHCに1気筒あたり吸気2・排気2の計16バルブ、燃料供給は電子噴射式のPGM-FI。圧縮比9.4から145PS/6,000rpmを出していた。対する2.0XXは同じ4気筒でもSOHC12バルブにPGM-CVデュアルキャブレターで、圧縮比9.1、110PS/5,800rpm。
同じ車名で、同じ排気量で、ヘッドだけが違う2台。その両方に、どちらでも選べる8万円の後輪が乗った。35PSの差はカタログの上では大きく見えるが、型式欄に出てくるのはそちらではない。排気量でもヘッドでもなく、後輪が切れるかどうかだけが記号になっている。
TIPS
4W-ALBは、2代目から始まっていた。
4輪アンチロックブレーキを日本で最初に積んだのは2代目プレリュードで、3代目のものはその後レジェンドで4チャンネル方式に改められたものを受け継いでいる。4WSが世界初と言われる一方で、ブレーキのほうは2代前から数えて3代目の実装にあたる。
価格そのものは、住んでいる地区で動いた。2.0Siの5速車は東京2,145,000円から札幌2,189,000円まで、6地区で44,000円ひらく。輸送費のぶんが地区名とセットで表に出ていた時代の値付けである。ただしSiとXXの差額は、どの地区でも325,000円のまま動かない。
涼しさは、18万2000円した。
エアコンが標準で付いているグレードは、ひとつもない。マニュアルが18万2000円、オートが22万9000円。オートのほうには、送風が強すぎるときに風量を制限するマイルド・スイッチが設けられている。
この金額を、同じ価格表の別の行と並べてみる。4WSが8万円、A.L.B.——ホンダの4輪アンチロックブレーキ——が15万円、PGM 2WAY 4ATが9万9000円。
世界初をうたった後輪操舵より、夏を快適にするほうが2倍以上した。
TIPS
曲がる8万円、止まる15万円。
1987年4月の価格表に並んだオプションを額で並べると、4WSが80,000円、A.L.B.が150,000円、PGM 2WAY 4ATが99,000円、エアコンがマニュアル182,000円。世界初をうたった後輪操舵が、この中でいちばん安い。何を新しいと見なし、何に金を取るかの順序が、そのまま残っている。
いま読むと順序が逆に見えるが、1987年の買い手にとってはこれが現実の選択だった。エアコンを入れると、4WSとA.L.B.を両方足したのとほぼ同じ金額になる。涼しさを取るか、曲がる機構と止まる機構を取るか。カタログの前で丸を付ける人は、その二択を実際に突きつけられている。
この構造は、中古を見るときにそのまま効く。エアコンが付いているかどうかは、工場の仕様ではなく、38年前に誰かが決めた選択の結果である。4WSの有無が型式欄に残るのに対して、エアコンの有無はどこにも記号として残らない。現車を見るしかない。
1988年、シルビアはFRで来た。
プレリュードが出た1年1か月後、同じ土俵に別の答えが出てきた。
1988年5月17日に発売された日産シルビアで、型式はS13という。
寸法を並べると、驚くほど近い。全長4,470mm、全幅1,690mm、全高1,290mm。プレリュードは4,460×1,695×1,295だから、3辺とも10mm以内に収まっている。どちらも5ナンバー枠の2ドアクーペで、同じ駐車場に同じ顔で収まる大きさだった。
ひとつだけ、大きく離れている数字がある。ホイールベースだ。プレリュードの2,565mmに対して、シルビアは2,475mm。90mm短い。
90mm
ホイールベースの差
全長・全幅・全高は10mm以内に収まるのに、軸間だけが90mm離れている。
ここに、2台の設計の違いがそのまま出ている。プレリュードは前輪で蹴り、シルビアは後輪で蹴る。エンジンを横に寝かせて前輪を回すか、縦に置いて後ろへ送るか。軸をどこに置くかは、その選択の結果として決まる。
サスペンションも分かれた。プレリュードは前後ともダブルウィッシュボーン。シルビアはフロントがストラット、リヤがマルチリンクである。
エンジンは、プレリュードの2.0Si が1,958ccのB20AでPGM-FIの145PS/6,000rpm。シルビアQ'sは1,809ccのCA18D、DOHCで135PS。排気量で149cc、出力で10PSの差にとどまる。数字の上では大きな開きがなく、乗り比べた人が速さで迷う差ではなかったはずだ。
面白いのは後輪の扱いで、プレリュードは8万円の4WSによって後輪を切っていた。シルビアにもHICAS-IIがオプションで用意されていた。同じ時期に、別々の会社が、別々の駆動方式で、同じ「後輪を動かす」という手を打っている。
DUAD SELECT
リトラと固定式の顔を、手のひらで比べる。
inxの販売期間は資料で24か月とも11か月とも書かれ、実車を2台並べて見比べられる機会はもう多くない。1/43は全高1,295mmが約30mmに縮む寸法で、ボンネットとフェンダーの段差が手の中で確認できる。1/64は入手しやすく、顔つきの違いを並べる起点にしやすい。
リトラクタブル格納時のボンネット高とフェンダーの関係を、立体で確認できる。
1/43 ホンダ プレリュード Si(BA5)1987 フェニックスレッド
縮尺: 1/43・対象: 2.0Si(BA5)1987年式・ボディ色: フェニックスレッド・全高換算: 約30mm(実車1,295mm÷43)
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1/43より手に入りやすく、固定式ヘッドライトのinxと顔を比べる起点になる。
DeAGOSTINI 日本の名車コレクション 第31号 ホンダ プレリュード BA5
縮尺: 1/64・収録号: 第31号・対象: BA5 1987年式
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どちらが優れていたか、という話ではない。
同じ大きさで、同じ時代に、同じ若い買い手を狙いながら、前輪と後輪という正反対の答えを出した。シルビアは「デートカーとしての華やかさと、FRスポーツとしての本格感を両立させた」と評され、歴代シルビアで最多の販売台数を記録する。グッドデザインと日本カー・オブ・ザ・イヤーも獲った。
1982年の2代目プレリュードが作ったデートカーという市場に、1988年、後輪で走る車が入ってきたことになる。
プレリュードはこのあと、駆動方式を変えない。変えないまま、積むものを増やしていく。
1989年11月21日、一日で3つ増えた。
3代目が出て2年半、ホンダはこの車に一日で3方向の手を入れている。
上に伸ばしたのが、Si TCVだった。TCS——トラクションコントロールシステム——と、ビスカスカップリング式L.S.D.に、4WSと3チャンネル・デジタル制御A.L.B.を組み合わせたシステムを載せる。曲げる機構と、滑らせない機構と、止める機構を、1台に全部積んだグレードである。
安全の側にも足している。万一の衝突時にドライバーの顔面への衝撃を緩和する、SRSエアバッグシステム搭載車を設定。1989年の国産クーペとしては早い部類に入る。
そして横に増やしたのが、プレリュードinxだった。
TIPS
曲がる8万円、止まる15万円。
1987年4月の価格表に並んだオプションを額で並べると、4WSが80,000円、A.L.B.が150,000円、PGM 2WAY 4ATが99,000円、エアコンがマニュアル182,000円。世界初をうたった後輪操舵が、この中でいちばん安い。何を新しいと見なし、何に金を取るかの順序が、そのまま残っている。
同じ日の発表資料には、ほかにも手が入った行が並んでいる。XXのタイヤを13インチから14インチへ上げ、専用デザインのアルミホイールを採用。スポーツ感を強調したデザインのバンパーとリアパネル、本革巻ステアリングホイール、オーディオの出力アップ。
上へ、横へ、安全へ。一日のうちに3方向へ枝を伸ばしたことになる。発売から2年半が経ち、競合が揃いはじめた時期に、この車が選んだのは値下げではなく、積み増しだった。
目を開けたままのプレリュード。
1989年11月21日、リトラクタブルヘッドライトを持たないプレリュードが現れた。
異形固定式のヘッドライトを与えられた、ホンダ プレリュードinxである。鼻先の低さを売りにしてきた車が、顔の作り方だけを入れ替えて別名義で並んだ。
中身は分かれていない。inxの型式はE-BA4とE-BA5。プレリュード本体と同じ記号を使い、4WSの有無で型式が割れる構造まで同じで、Si 4WSというグレードも設定された。マイナーチェンジと同日の発表、同じ型式記号、同じ4WS——この3点が、両車の関係として確認できる事実にあたる。
顔だけが違う、ということになる。
リトラクタブルは、低い鼻先と灯火の取付高を同時に満たす形式だった。それを外した派生を同じ日に出すというのは、低さの出し方に別解があると認めたことでもある。2年後の4代目で、プレリュードはリトラクタブルそのものを捨てる。inxは、その手前に置かれた1台だった。
そして1990年10月、もう1本の枝が北米から戻ってくる。
Si Statesである。積んでいるのは輸出用のB21A型で、排気量は2,056cc。国内仕様のB20Aが1,958ccだから、98cc多い。その98ccが、この車を3ナンバーの側へ出した。3代目プレリュードに、3ナンバー専用車が加わったことになる。
2,056cc
Si States の排気量
国内仕様の1,958ccに対して、輸出用のB21Aは2,056cc。差は98ccで、3ナンバーの側へ出る。
ボディ同色のサイドモールは国内仕様より厚く、これも輸出仕様と同じもの。グリーンガラスが付き、オプションでレザーシートも選べた。価格は237.1万円で、3,000台の限定である。
5ナンバー枠に収まることを前提に作られてきた車が、3,000台だけ、枠の外へ出ている。
最後の1年は、特別仕様で売った。
1991年2月、XX スペシャルエディションが追加される。内外装に専用の仕様を加えたグレードで、設定から1991年9月までのおよそ7か月だけカタログに載っている。
4代目の発表まで半年あまりという時期に、145PSのSiではなく110PSのXX側へ手が入った。最後に動いたのは、上ではなく下のグレードだった。売れ筋を最後にもう一度押す、という判断があったことになる。
3代目が走ったのは1987年4月から1991年9月までの約4年5か月。4代目の発表が1991年9月19日なので、そこで入れ替わる。2代目が1982年11月から1987年3月まで走った長さと、ほぼ同じである。
TIPS
最終期の個体は、8月と9月の両方で探す。
中古車の在庫ページは年式や登録年月で区切られていることが多い。3代目の最終期を狙うなら、1991年8月と9月の両方を指定して検索する。生産終了の月は資料によって割れているので、どちらか一方だけで絞ると、最後の1か月ぶんが丸ごと抜ける。年式で絞ったあとに型式欄のE-BA4/E-BA5を確認すれば、4WSの有無まで一度に判別できる。
4年5か月のあいだに、この車のカタログは厚くなり続けた。1987年に並んでいたのはSiとXXの2つだけ。そこへSi TCVが上から、inxが横から、スペシャルエディションが最後に加わる。型式はE-BA4とE-BA5の2つのまま動いていない。増えたのは、売り場に並ぶ名前のほうだった。
トランクは380L、ただし張り出している。
トランクを開けると、意外に入る。大型のスーツケースが2個、あるいはゴルフバッグとショルダーバッグのセットを2人分。2ドアクーペの荷室として、不足を感じる場面は少ない。VDA測定法で測った容量は380ℓだった。
380ℓ
トランクルーム容量
VDA測定法。大型スーツケース2個、またはゴルフバッグとショルダーバッグを2人分。
ただし、左右から張り出しているものがある。リヤサスペンションがダブルウィッシュボーン式になったため、その部分がトランクルームを両側から圧迫しているのだ。
アームを上下に2本重ねて支える形式は、ダンパーを立てる場所を選べる。タイヤハウス上端を低く作れるから、低い車体と噛み合う。その自由度の代わりに、アームとダンパーの通り道が荷室の側面を削る。2人用のパーソナルクーペと考えれば必要充分以上のスペースだが、箱の形としては素直ではない。
さらにこの車の後ろには、もうひとつ機械が入っている。4WSのリヤステアリングギヤボックスである。後輪を5.3度まで動かす機構と、後輪を支える4本のアームと、380ℓの箱。この3つが、同じ場所で場所を取り合っている。
TIPS
満タン法で、自分の個体を測る。
燃料タンクは60L。10モード燃費11.0km/Lを単純に掛ければ660kmだが、10モードはいまのWLTCと測り方が違うので、現行車のカタログ値とは並べられない。手元の個体で知りたいなら、同じ給油機で満タンにして、次の満タンまでの走行距離を給油量で割る。これなら自分の乗り方の数字が出る。
曲がるための機構を後ろに積むと、荷物の置き場が削れる。1987年のプレリュードは、その交換に応じた車だった。では、後ろで何が起きていたのか——その中身は、VOL.1で開けている。
E-BA5が残したもの。
エアコンが18万2000円、4WSが8万円、A.L.B.が15万円。1987年にプレリュードを買った人は、欲しいものを1行ずつ選んで、そのぶんの金額を足していった。3つ全部に丸を付ければ41万2000円が車両価格に乗り、どれにも付けなければ同じ車がそのぶん安く手に入る。
その選択は、38年経ったいまも個体ごとに残っている。4WSの有無だけは型式欄に記号として出るが、エアコンもサンルーフも、現車を見るまで分からない。中古のプレリュードを1台ずつ覗くという作業は、1987年に誰かが価格表の前で迷った跡を、順番に開けていく作業でもある。
カタログの名前は4年5か月のあいだ増え続けた。Si、XX、Si TCV、inx、Si States、スペシャルエディション。それでも型式はE-BA4とE-BA5の2つのまま、一度も動いていない。
贅沢が、まだ1行ずつ値札の付いたものだった時代の車である。

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