1987年、CR-Xは足まわりを捨てた。
1983年に登場した初代バラードスポーツCR-Xは、低いボンネットと軽量な車体を実現するために、独特のサスペンション構成を採用していた。フロントはストラット式だが、一般的なコイルスプリングをダンパーの周囲に配置せず、トーションバーを使用。上方向に必要な空間を小さくし、低いノーズを成立させていた。リアには左右の車輪が連結された車軸式トレーリングリンクを採用している。前後とも、限られた寸法とコストの中で成立させた合理的な設計だった。
しかし、2代目ではこの構成が姿を消す。フロントには上下2本のアームで車輪を支持するダブルウイッシュボーン、リアには追加リンクを組み合わせたマルチコントロール式ダブルウイッシュボーンを採用した。これによって4輪はそれぞれ独立して上下動できる構造となり、車輪の動き方をより細かく設定できるようになった。
さらに重要なのは、この新しい足まわりがCR-Xだけの特別装備ではなかったことだ。1987年9月に発表されたホンダ シビックは、3ドア、4ドアセダン、5ドアまで4輪ダブルウイッシュボーンを採用。4ドアと5ドアに設定されたリアルタイム4WD車にも、同じサスペンション形式が使われた。
プロペラシャフトやリアデファレンシャルを床下に通す4WD車にも、同じ形式のまま載った。走行性能だけを狙った機構であれば、こうは通らない。
高価なスポーツカーのための機構が、小型量販車の標準装備として並んだ。1987年のホンダの製品ラインは、そういう形になっていた。
この入れ替えは、形式の名前だけの話ではない。車軸式では左右の車輪が1本の部材でつながっているため、片側が段差を越えると反対側にも動きが伝わる。独立懸架にすれば、その連動が切れる。4輪すべてを独立させるというのは、路面からの入力を4か所で別々に受け止める、ということでもあった。
1みんなの写真
100mm伸びて、80mmしか長くならなかった。
初代と2代目の寸法を比較すると、ホンダが車体のどこを変えたのかが見えてくる。全長は80mmしか伸びていないのに、ホイールベースは100mm伸びている。つまり、前後のオーバーハングを合計すると、初代の1,475mmから2代目の1,455mmへ20mm短縮されたことになる。
ホイールベースが全長に占める割合も59.9%から61.3%へ上昇した。全長に対して車輪間隔の占める比率が上がったぶん、前後に残る張り出しは短くなっている。
トレッドも拡大された。前輪は1,400mmから1,450mmへ50mm、後輪は1,415mmから1,455mmへ40mm広がっている。全幅の拡大に合わせて左右の車輪間隔も広げる一方、全高は20mm下げた。車体を大きくすることと、低く見せることを同時に進めたのである。
ただし、ホイールベースが長くなれば必ず安定し、短ければ必ずよく曲がるという単純な話ではない。旋回特性には重量配分、タイヤ、サスペンションの設定なども関係する。2代目CR-Xで注目すべきなのは、車体寸法の変更と足まわりの全面刷新を同時に行った点だ。
室内の寸法も変わっている。2代目の室内長は1,545mm、室内幅1,390mm、室内高1,045mm。初代の1,510mm/1,340mm/1,075mmと比べると、長さと幅は増え、高さだけが30mm減った。車体の全高を20mm下げながら室内長を35mm伸ばしており、寸法の増減が上下と前後で逆を向いている。
200mm短いことが、何を変えたか。
2代目CR-Xと同時期のシビック3ドアは、エンジンやサスペンションの基本技術を共有していた。しかし、ホイールベースは同じではない。シビック3ドアの2,500mmに対し、CR-Xは2,300mmで、その差は200mm。全長もシビックの3,965mmに対してCR-Xは3,755mmで、210mm短い。CR-Xの最小回転半径は4.5mである。つまり、同じ技術を使いながら、車体の長さと車輪の配置をCR-X専用に設定していたことになる。
この差は車両重量にも表れている。5速MT同士で比較すると、CR-X 1.5Xが820kg、シビック3ドア25Xが890kg。最高出力はともに105psだが、車両重量には70kgの差があった。
Si同士でも、CR-Xが880kg、シビック3ドアSiが950kg。同じ130psのZC型エンジンを搭載しながら、パワーウエイトレシオはそれぞれ6.77kg/ps、7.31kg/psとなる。エンジンの出力が同じでも、動かす車体の重さは同じではない。
| 全長の差 | 80mm | 3,675→3,755 |
|---|---|---|
| 全幅の差 | 50mm | 1,625→1,675 |
| 全高の差 | -20mm | 1,290→1,270 |
| ホイールベースの差 | 100mm | 2,200→2,300 |
ただし、加速性能をパワーウエイトレシオだけで決めることはできない。変速比、駆動系、タイヤなどの条件も影響する。CR-Xがシビックから受け継いだのは技術であり、車体の寸法まで同じにしたわけではなかった。
| ホンダ CR-X 1.5X 車両重量 | 820kg | 5MT |
|---|---|---|
| ホンダ CR-X Si 車両重量 | 880kg | 5MT |
| 重量差 | 60kg | 880−820 |
| ホンダ CR-X 1.5X 最高出力 | 105ps | D15B/6,500rpm |
| ホンダ CR-X Si 最高出力 | 130ps | ZC/6,800rpm |
| ホンダ CR-X 1.5X 車両本体価格 | 1,148,000円 | 東京地区標準価格 |
| ホンダ CR-X Si 車両本体価格 | 1,398,000円 | 東京地区標準価格 |
| ホンダ CR-X 1.5X 10モード燃費 | 16.8km/L | 5MT |
| ホンダ CR-X Si 10モード燃費 | 14km/L | 5MT |
車体の軽さは、同じ骨格をどう使うかの差でもある。CR-Xは後席を2+2として割り切り、リアゲートの内側に荷室を取る形をとった。同じプラットフォームでも、人を4人しっかり乗せる設計と、前席2人を中心に組む設計とでは、求められる条件が変わってくる。
シビックと、どこまで同じクルマだったのか。
1987年9月9日、ホンダは新型シビックとCR-Xを同時に発表した。初代の「バラードスポーツCR-X」からバラードの名が外れ、2代目は「サイバースポーツCR-X」となった。一方、型式はEF6/EF7となり、シビックと同じEF世代の車種として展開された。
エンジンの構成にも共通点が多い。CR-X 1.5XのD15B型は、1,493ccのSOHC 16バルブ、デュアルキャブレター仕様で105psを発生。シビック3ドア25Xにも同じエンジンが搭載された。Siには1,590ccのDOHC 16バルブ、PGM-FI仕様のZC型を採用。最高出力130ps、最大トルク14.5kg-mという性能もシビック3ドアSiと共通だった。
ただし、同じエンジンを搭載するからといって、車両全体の性格まで同じにはならない。CR-Xはホイールベースを短く設定し、後部座席や荷室を含むパッケージングも専用に設計された。車体重量、タイヤ、装備の組み合わせも異なる。
また、4輪ダブルウイッシュボーンという形式は共通でも、車種ごとの寸法や荷重条件に応じて取り付け位置や設定を最適化する必要がある。シビックの技術を利用しながら、CR-Xとしての走りを成立させる。共通化と専用設計は、必ずしも相反するものではなかった。
変速機の構成も共通で、5速マニュアルと、ロックアップクラッチを持つ4速オートマチックが用意された。同じ構成がシビックの行にも並んでいる。エンジンも変速機も足まわりも同じ欄に同じ語が並び、違っているのはホイールベース、全長、車両重量の欄だった。
なぜ4輪ダブルウイッシュボーンなのか。
ダブルウイッシュボーンの利点は、単にアームの数が多いことではない。車輪が上下に動いたとき、その角度や向きがどのように変化するかを、アームの長さや取り付け位置によって細かく設定できることにある。
一般的なストラット式では、ダンパーが車輪を支持する構造部材の役割も担う。これに対し、ダブルウイッシュボーンでは上下のアームが車輪を位置決めし、ダンパーは主として振動を減衰させる役割を受け持つ。この違いによって、車輪の動きと衝撃吸収を設計上分担しやすくなる。
たとえばコーナリング中、車体が傾くと外側のタイヤには大きな荷重がかかる。その際、タイヤの接地状態を適切に保つためには、サスペンションが縮む過程でキャンバー角がどう変化するかが重要になる。ダブルウイッシュボーンは、この変化を狙った特性に設定しやすい。
TIPS
キャスター3度、トレール5mm。
1987年のホンダの技術資料には、フロントの設計値としてキャスター角3度、トレール5mmが示されている。キャスター角は操舵軸の前後方向の傾き、トレールは操舵軸の延長線とタイヤ接地点との位置関係を示す値だ。トレールが5mmというのは、現代の車に比べてもかなり小さい側に入る。手を離したときにハンドルが戻る強さは、ここで決まっている。
1987年のホンダは、フロントのアッパーアームをダンパーの周囲に配置するA型形状とし、ロール時の接地キャンバーや、上下動に伴う不要なトー変化の抑制を追求した。
さらにリアでは、コンペンセーターアームを使ったトー・コントロールシステムを採用した。路面の凹凸や横方向の力、ブッシュのたわみによって後輪の向きが変わると、ドライバーが意図しない車体の動きにつながることがある。そこでホンダは、リンクの配置とブッシュの特性を組み合わせ、不要なトー変化を抑える設計を行った。
硬い部品で動きを封じるのではなく、必要な柔軟性を残しながら車輪の向きを管理する。この考え方が、マルチコントロール式ダブルウイッシュボーンの重要な部分だった。
リア側で制御の対象として挙げられているのは4つある。キャンバー、バンプステア、サイドフォースステア、コンプライアンスステアで、最後のひとつは横力を受けたときにブッシュがたわみ、後輪が外を向こうとする現象を指す。ホンダはリンクの取り付け角であらかじめトーインを与えておき、たわみで出るトーアウトと相殺させる方法を採った。ずれないように固めるのではなく、ずれるぶんを見込んで反対側へ振っておく、という作り方になる。
制動時の姿勢にも手が入っている。ブレーキの力をトレーリングアームで受けることで、後ろが持ち上がろうとする動きを抑え込む。止まるときの姿勢変化そのものが、サスペンションの設計項目に入っていたことになる。
低いボンネットは、今度は足で作った。
初代CR-Xは、フロントのコイルスプリングをトーションバーに置き換えることで、低いボンネットを実現していた。2代目では、その方法を変えた。新しいダブルウイッシュボーンは、ダンパーを取り囲むようにA型アッパーアームを配置することで、車輪の支持構造とダンパーの配置を両立させている。
ホンダが開発で着目したとしているのは、アライメントを決める要素をそれぞれ独立に設定できること、そしてダンパーとスプリングを車輪の支持から解放してフリクションを抑えることの2点だった。そのうえで、低いフロアと荷室の空間効率も成果として並べられている。これは重要な点だ。一般にダブルウイッシュボーンは、スポーツカーの走行性能を高める機構として語られる。しかし、1987年のシビック&CR-Xでは、車体の内側に使える空間を増やすための技術でもあった。
TIPS
リアの追加アームは、何をしているのか。
中古車で後輪の向きを見るなら、コンペンセーターアームの付け根のブッシュを先に見る。ゴムが切れていたり片側だけ潰れていたりすると、設計で与えたトーインが保てない。まっすぐ走らせたときに車体が片方へ流れるなら、まずここを疑う。アライメントテスターに載せる前に、ジャッキで上げて指で押せば分かる。
同時発表のシビック3ドアでは、従来比でボンネット高を30mm、リアのトランクフロア面を65mm低くしたとホンダは説明している。この30mmと65mmはシビック3ドアについての数値であり、CR-Xそのものの低下量ではない。ただし、同じサスペンション開発が低い車体と空間効率を両立させようとしていたことは読み取れる。
DUAD SELECT
伸びた100mmを、手の中で確かめる。
全長3,755mm、ホイールベース2,300mm。この配分は図より模型のほうが早く分かる。1/24なら全長156mm、1/64ならコーダトロンカの切り落としとオーバーハングの短さが手のひらに収まる。当時のカタログが手に入れば、諸元表のサスペンション欄を初代と並べて見比べられる。
全長3,755mmを1/24にすると156mm。前後オーバーハングの短さを実寸として確かめられる。
ホンダ CR-X 1/24 プラモデル(フジミ)
縮尺: 1/24・全長換算: 約156mm・対象: 2代目CR-X(EF型)
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1/64でもホイールベース2,300mmの詰まり方と、垂直に切り落としたリアエンドの形が出る。
トミカリミテッドヴィンテージNEO ホンダ CR-X
縮尺: 1/64・全長換算: 約59mm・素材: ダイキャスト
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発売当時の諸元表とサスペンションの解説図がそのまま載る。本文で扱った寸法を、一次資料の側から確かめられる。
モーターファン別冊 ニューモデル速報 シビック/CR-X(1987年)
発行: 1987年・判型: A4変形・内容: 諸元表・サスペンション構造図・中古流通のみ
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2代目CR-Xの全高は1,270mmで、初代より20mm低い。その中に室内高1,045mmを確保し、乗車定員は4名とした。低い車体へ2+2の室内を収めながら、走行性能も引き上げる必要があったことになる。
初代はばねの置き方を工夫して低さを作り、2代目はサスペンション全体の構成を変えた。同じ低いボンネットでも、その実現方法は異なっていた。
荷室の側にも同じ理屈が効く。ロアアームとコンペンセーターアームを左右へ大きく張り出させ、床下を部材が横切らない構造としている。垂直に切り落としたリアエンドという形は初代から変わらないが、その内側にどれだけ使える容積が残るかは、サスペンションが何をどこで占めるかに左右される。ホンダが採用理由にラゲッジスペースを挙げていたのは、この部分を指している。
820kgから880kgまで。
2代目CR-Xの発売時のグレードは、1.5XとSiの2種類だった。5速MTの車両重量は、1.5Xが820kg、Siが880kg。その差は60kgになる。
1.5Xは1.5LのSOHC 16バルブエンジンを搭載し、最高出力105ps。Siは1.6LのDOHC 16バルブエンジンを搭載し、130psを発生する。ブレーキにも違いがあり、Siはフロントにベンチレーテッドディスク、リアにもディスクブレーキを採用。1.5Xのリアはドラム式だった。
TIPS
グラストップは、軽さとの交換だった。
1.5Xの5MTは基本仕様で820kg。パワーステアリングを付けると840kg、そこへグラストップが加わると850kg、サンルーフなら860kgになる。屋根の選択だけで40kgの幅がある。車検証の車両重量を見れば、どのセットが付いた個体かをおおよそ逆算できる。820kgちょうどなら、パワーステアリングすら付いていない。
さらにSiにはリアスタビライザーが装備され、タイヤも185/60R14。1.5Xの175/70R13とはサイズが異なる。こうした機構や装備の違いが、60kgの重量差を構成している。
一方、1.5Xでも4輪ダブルウイッシュボーンは標準装備だった。つまり、ホンダは走行性能の基本となるサスペンション形式を共通にしながら、エンジン、ブレーキ、タイヤ、装備によって2つのグレードを作り分けたのである。
4輪独立懸架への変更と車体寸法の拡大を行いながら、最軽量仕様を820kgに収めたことも、このクルマの特徴だった。
装備による重量差も、諸元表にそのまま並んでいる。1.5Xの5MTは基本仕様が820kg、パワーステアリング装着車が840kg、グラストップとパワーステアリングを組み合わせた仕様が850kg、サンルーフとパワーステアリングなら860kg。20kg、30kgという単位で効いてくるので、軽さを取るか装備を取るかが、そのまま重量の欄で選べるようになっていた。
全てのグレードを、同じ目線で見ている。
4輪ダブルウイッシュボーンは、決して安価で単純な機構ではない。上下のアームで車輪の動きを制御し、スプリングが路面からの衝撃を受け止め、ダンパーがその振動を減衰させる。リアには追加リンクを設け、走行中の後輪の向きまで制御する。アームやリンクが増えれば、部品点数も製造工程も増える。それでもホンダは、この複雑なサスペンションを高性能グレードのSiだけに与えるような選択をしなかった。
1.5XにもSiにも、同じ形式を採用した。さらに、同時期のシビックにも展開し、3ドア、4ドア、シャトル、リアルタイム4WD車まで、幅広いモデルに採用している。
もちろん、すべての車種が同じ部品やセッティングを使っていたわけではない。車体の重量や用途に合わせて仕様を変えながら、4輪ダブルウイッシュボーンという基本構造を共有していた。
高性能なサスペンションを、高性能車だけのものにしない。サイバースポーツCR-Xで注目すべきなのは、4輪ダブルウイッシュボーンを採用したことだけではない。それを特別な装備として売り出すのではなく、小型車の基本性能を支える技術として選んだことだ。
高性能を特別扱いしない。その証拠は値札ではなく、全てのグレードの足まわりに残っている。

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