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プレリュードは、FFを通した。

初代SNから6代目BF1まで、47年の寸法と出力。

SERIESホンダ プレリュード(BA5)解体新書 VOL.3

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プレリュードは、FFを通した。

47年のあいだに、この車は何を捨ててきたか。

リトラクタブルヘッドライトが付いて消え、ATTSが5年で終わった。4WSだけは、3世代を渡って残った。足した装備より、捨てた装備のほうが数えやすい車なのだ。

初代は1978年11月25日、全長4,090mm・車両重量890kg。1,750ccのCVCCが90PS/5,300rpmを出していた。2025年9月5日に出た6代目(BF1)は2.0L直4のe:HEVを積み、617万9800円のワングレードで戻ってきた。

ベルノ店にカタログをもらいに自転車で行った記憶を、いまも持っている人は少なくない。あの頃に店頭で見た車の値札が、いまは自分で払える額になっている。ただし、47年のあいだ動かなかった項目がひとつある。駆動方式である。ホンダ プレリュードはずっと前輪で地面を蹴ってきた。捨てたものと残したものを、寸法と出力の数字で追う。

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1978年11月、ベルノ店の顔として。

ホンダ プレリュードが発表されたのは1978年11月24日で、販売が始まったのは翌25日。型式はホンダ SN、ボディ形式は2ドア・フィックスドクーペと呼ばれた。

寸法は全長4,090mm、全幅1,635mm、全高1,290mm、ホイールベース2,320mm。全幅は5ナンバー枠の1,700mmに対して65mmの余裕があり、全高はこの時代のクーペとしても低い部類に入る。エンジンを縦に置かないFFレイアウトという点で、1,750ccのCVCCを含めてアコードと基本コンポーネンツを共有していた。

ホンダ プレリュード(初代・SN型)主要諸元
全長4,090mm
全幅1,635mm5ナンバー枠内
全高1,290mm
ホイールベース2,320mm
車両重量890kg最軽量仕様
総排気量1,750ccCVCC
最高出力(MT)90PS5,300rpm グロス
最高出力(ホンダマチック)85PS5,300rpm グロス
最大トルク13.5kg-m3,000rpm
パワーウェイトレシオ9.9kg/PS890÷90、算出値
グレード数4タイプXT/XR/XE/E
5ナンバー枠に対する全幅の余裕65mm1,700−1,635
発表1978年1978年11月24日
発売1978年1978年11月25日
駆動方式FF(前輪駆動)
ベルノ店設立1978年1978年、同年に新チャネル
2代目との全長差205mm4,295−4,090
2代目との重量差155kg1,045−890
2代目とのホイールベース差130mm2,450−2,320
5代目との全長差430mm4,520−4,090
5代目との全幅差115mm1,750−1,635
ホンダ プレリュード(初代・SN型)主要諸元1978年11月発売時の公称値。グレードはXT/E/XR/XEの4タイプで、電動ガラスサンルーフはEタイプを除いて標準装備だった。Honda公式ニュースリリース(1978年11月24日)およびプレスインフォメーション PRELUDE 1978.11。算出値は本文中の数値から計算

積んだのは1,750ccのCVCC、複合渦流調整燃焼方式。排出ガス規制への答えを燃焼室の形で出した、当時のホンダの主力エンジンである。最高出力はMTが90PS/5,300rpm、ホンダマチックが85PS/5,300rpmで、最大トルクは13.5kg-m/3,000rpm。グロス表記の時代の数字なので、後の世代とそのまま足し引きはできないが、890kgの車体に90PSなら、パワーウェイトレシオは9.9kg/PSになる。

なお、グレードはXT/XR/XE/Eの4タイプが用意された。東京地区の標準現金価格は、安い順にXTが116万円、Eが126万円、XRが138万円、XEが140万円だった。電動式ガラスサンルーフはEタイプを除いて標準装備で、国産車で初めての電動式として売られている。オプション扱いだったのはホンダマチックの3万円高とエアコンの17万円高のほうで、屋根が開くこと自体は追加料金の対象ではなかった。

同じ1978年に、ホンダはベルノ店という新しい販売チャネルを立ち上げている。初代プレリュードは、その店から売り出された。新しい店と新しい車名が同じ年に揃っているという事実だけが、記録として残っている。

もっとも、国内での受け取られ方は芳しくなかった。「はっきり言ってオヤジグルマ」「日本では失敗作」という評が後年の媒体に残っているが、4年後に出た2代目は、同じ車名のまま、デートカーと呼ばれる車になる。

1みんなの写真

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1982年、鼻先を下げるために目を隠した。

2代目の発表は1982年11月25日、発売は翌26日。型式は1.8がホンダ AB、2.0がBA1に分かれる。

全長4,295mm、全幅1,690mm、全高1,295mm、ホイールベース2,450mm。初代から全長で205mm、ホイールベースで130mm伸び、車両重量は890kgから1,045kgへ155kg、率にして17.4%増えた。デビュー時の最廉価グレードは136.0万円だった。

ホンダ プレリュード 初代(SN)4,090mm1978年ホンダ プレリュード 2代目(AB/BA1)4,295mm1982年ホンダ プレリュード 3代目(BA4/BA5)4,460mm1987年ホンダ プレリュード 4代目(BA8ほか)4,440mm1991年・唯一の短縮ホンダ プレリュード 5代目(BB5〜BB8)4,520mm1996年
初代から5代目までの全長4代目だけが前の世代より短い。1,765mmへ幅を広げるのと引き換えに、全長を20mm詰めている。Honda公式プレスインフォメーション/製品アーカイブおよびカタログ系資料

数字だけ見れば「一回り大きく重くなった」で終わるが、この世代の主題は全高1,295mmという公称値ではなく、ボンネット上面の高さにある。固定式のヘッドライトは、光軸の高さが法規で決まっている以上、レンズの上端ぶんだけフードを持ち上げてしまうが、格納式なら点灯時だけ必要な高さまで起こし、使わないときは板の下に沈めておける。低い鼻先と灯火の法規は、この形式なら同時に満たせる。

エンジンは1気筒あたり3バルブ、合計12バルブのCVCC系。ブレーキには、日本で最初の4輪アンチロックブレーキが与えられた。1982年に4輪分のABSを量産クーペに載せたこと自体が、この世代の攻め方を示している。

1985年6月20日には2.0Siが追加される。1,958ccのホンダ B20A型DOHCで、最高出力160PS(グロス)。初代の90PSから7年弱で70PS上積みされた計算になるが、測定法と排気量が両方変わっているので、単純な技術進歩の指標としては読めない。

この世代が「デートカー」という言葉と一緒に記憶されているのは、リトラクタブルとガラスルーフと、助手席に誰を乗せるかという話がセットだったからで、技術の説明だけでは足りない部分が確かにある。ただ、その空気を作ったのが、低い鼻先のために目を隠すという一つの判断だったことは押さえておきたい。

2代目は1982年11月の発売から2年でマイナーチェンジを受け、1985年6月には2000ccのDOHCモデルが加わっている。3代目の開発作業は、その手前——2代目が出て1年あまり経った1984年の春に始まっていた。

1987年、後輪を8万円で動かす。

3代目の発表と発売は1987年4月9日。リリースの見出しは「世界初 舵角応動タイプ ホンダ4輪操舵システム搭載のFFスペシャルティカー」だった。

型式は4WSの有無で割れ、非装着がホンダ BA4、装着がBA5になる。

3代目プレリュード 型式と装備の対応
4WS非装着の型式BA4
4WS装着の型式BA5/E-BA5
4WSオプション差額8万円2.0Si・2.0XXに設定
4WSの制御入力系統前輪舵角のみ(機械式)
国内月販計画4,000台/月1987年
全長4,460mm
全幅1,695mm5ナンバー枠上限
全高1,295mm2代目と同値
ホイールベース2,565mm
2.0Si 最高出力145PSB20A型、ネット表記移行期
発表・発売1987年1987年4月9日
3代目プレリュード 型式と装備の対応装備の有無が型式記号に出る世代。E-BA5は4WS装着車の登録型式にあたる。Honda公式ニュースリリース(1987年4月9日)およびカタログ系資料

寸法は全長4,460mm、全幅1,695mm、全高1,295mm、ホイールベース2,565mm。全幅は5ナンバー枠の上限まで使い切り、全高は2代目と同値のまま据え置かれ、全長だけが165mm伸びた。初代からの9年で、全長は370mm、率にして9.0%長くなった計算になる。

4WSの機構は舵角応動型の機械式で、入力はハンドルの操舵角だけ。電源が落ちても後輪は同じ角度で切れる。入力が1系統しかないという事実が、4代目以降と比べるときに効いてくる。

ホンダ プレリュード 3代目 機械式4WS1系統1987年・舵角のみホンダ プレリュード 4代目 ハイパー4WS3系統1991年・舵角/車速/操舵角速度
4WSの制御入力は何系統か3代目の機械式はプラネタリギアで前輪舵角から後輪舵角を決める1系統。4代目のハイパー4WSは車速と操舵角速度を足した3系統になった。Honda公式ニュースリリース(1987年4月9日・1991年9月19日)

2.0Siと2.0XXのどちらにも4WS装備車が設定され、差額は8万円だった。世界初を名乗る機構が、グレードを跨がずに8万円のオプションとして買える位置に置かれている。発売時の国内月販計画は4,000台/月で、この数字は6代目の300台/月と並べたときに意味が変わる。

2.0SiのB20Aは145PS。2代目の2.0Siが160PSだったので数字は下がっているが、これはグロスからネットへの表記移行期にあたるため、出力そのものが落ちたとは読めない。

1991年、5ナンバー枠を踏み越える。

4代目の発表・発売は1991年9月19日。

全幅1,765mm。5ナンバー枠の1,700mmを65mm超え、3代目の1,695mmからは70mm広がった。5ナンバー枠に収まる派生を用意せず、最初から3ナンバーだけで売っている。当時の自動車税制と購入層を考えれば、小さな切り替えではない。デビュー時の最廉価グレードは214.5万円。この世代に付いた肩書きは、ひとこと「3ナンバー専用ボディ」である。

ただし、枠の外へ出たのはこの代が最初ではない。

その1年前、1990年10月に3代目へ加わったSi Statesが、すでに3ナンバーだった。積んでいたのは輸出用のB21A型で、排気量2,056ccで、国内仕様のB20Aより98cc多い。3,000台の限定で、価格は237.1万円だった。5ナンバー枠に収まることを前提に12年作ってきた車が、3,000台だけ先に外へ出てみせた形になる。4代目が全車で枠を越えるのは、その翌年である。

ホンダ プレリュード 初代(SN)1,635mm1978年ホンダ プレリュード 2代目(AB/BA1)1,690mm1982年ホンダ プレリュード 3代目(BA4/BA5)1,695mm1987年・5ナンバー上限ホンダ プレリュード 4代目(BA8ほか)1,765mm1991年・3ナンバー専用ホンダ プレリュード 5代目(BB5〜BB8)1,750mm1996年
歴代の全幅と5ナンバー枠4代目の1,765mmは枠を65mm超える。5代目では15mm戻して1,750mmに収めた。Honda公式ニュースリリース(1991年9月19日)ほかカタログ系資料

面白いのは、幅を広げた代わりに長さを縮めている点で、全長は4,460mmから4,440mmへ20mm短くなった。初代から5代目までを見るかぎり、全長が前の世代より短くなったのはこの1回だけになる。ホイールベースも2,565mmから2,550mmへ15mm詰まり、全高は1,290mmまで下げられて、初代と同じ数値に戻った。同じ範囲で、全高が前世代より下がったのもこの1回しかない。

幅を広げて、長さを詰めて、背を下げる。数字の動きだけを見れば、クーペとしての比率を作り直した世代だったということになる。

そして、2代目から9年続いたリトラクタブルヘッドライトがここで消える。固定式に切り替えながら全高を1,290mmまで下げている。格納式でなければ鼻先を下げられない、という前提のほうが崩れた。低さのために目を隠すという解法が、9年で役目を終えた。

4WSのほうは残ったが、中身は入れ替わっている。ハイパー4WSと名付けられた電子制御式で、制御の入力は舵角制御・車速制御・操舵角速度制御の3系統。3代目の機械式が舵角1系統だったのに対し、「どれだけ速く走っているか」と「どれだけ速くハンドルを切ったか」が加わった。低速の車庫入れと高速のレーンチェンジで後輪の振る舞いを変えられるようになったわけで、機構が複雑になったぶん、機械式の「電源が落ちても同じに切れる」という素直さは手放している。

エンジンではDOHC VTECが200PSを出し、Si VTECに載った。同じ世代の非VTECのSiは160PSで、VTECの有無で40PSの差がついている。初代の90PS(グロス)から13年で110PS上積みされた計算になるが、グロスとネットの違いを挟むので、上積み幅をそのまま技術進歩の量とは読めない。

そして、4代目の生産は1996年11月に終わる。

1996年、看板がATTSに替わる。

5代目の発表・発売は1996年11月7日で、ここで看板がひとつ掛け替わる。

4WSは、ここでも消えていない。1996年のリリースは「4WSの制御をさらに進化させ」と書いていて、SiとSiRにメーカーオプションとして残っている。2001年の諸元表にも4WS車の型式がある。外れたのは機構ではなく、看板のほうだった。この世代が自ら名乗ったのは「最新テクノロジーを結集したスペシャルティクーペ」で、結集した先頭に置かれたのは、もう後輪ではない。

初代SN 発売1978年11月25日 発売2代目 発売・リトラクタブル採用1982年11月26日 リトラクタブル採用2.0Si 追加1985年6月20日 B20A型DOHC追加3代目 発売・4WS採用1987年4月9日 機械式4WS採用4代目 発売・リトラクタブル廃止1991年9月19日 固定式へ/3ナンバー専用ボディ5代目 発売・ATTS採用1996年11月7日 ATTS搭載のType S/4WSはSi・SiRのメーカーオプションで継続5代目 生産終了2001年 生産終了。4WSもここで終わるPRELUDE Concept 公開2023年10月25日 ジャパンモビリティショー6代目BF1 発売2025年9月5日 発売
プレリュードの看板技術が載って降りるまでリトラクタブルは9年、ATTSは5年。4WSだけが3世代14年を渡っている。世代交代のたびに目玉は掛け替わったが、後輪を切る機構は2回の代替わりを越えた。Honda公式ニュースリリース各年、Honda公式ストーリー

この代で外れたのは、看板だけではない。

助手席のシートバックを前へ倒すレバーが、センターコンソール側からも操作できるようになっていたのは2代目からで、3代目と4代目まで引き継がれていた。パーツリスト上の名前は「ウォークイン・ノブ」。後席へ乗り降りするための機構である。これが無くなるのも5代目だった。

後輪を切るという売り文句と、助手席へ手を伸ばす設計が、同じ代でそろって消えている。デートカーと呼ばれた時代の装備が、1996年に一度に外れたことになる。

代わりに載ったのがATTS、アクティブ・トルク・トランスファー・システムで、搭載グレードはType S(北米ではType SH)。後輪を切るのをやめて、前輪の左右にトルク差をつけることで車の向きを変えるという、まったく別の解き方に乗り換えた。

ただ、FF車の前輪に左右でトルク差を与えると、そのままでは転舵トルク——ハンドルを取られる力——が発生してしまう。原因はホイールセンターオフセットという寸法にあって、従来の43.7mmから25mmまで詰めることで、左右のトルク差が操舵に及ぼす影響を抑え込んだ。削った量は18.7mm、率にして42.8%にあたる。制御の話ではなく、ハブとサスペンション形状の寸法を作り直す話になっているところに、この機構の本質がある。

ホンダ プレリュード 従来(ATTS非搭載)43.7mm1996年ホンダ プレリュード 5代目 Type S(ATTS)25mm1996年・18.7mm削減
ATTSが詰めたホイールセンターオフセット43.7mmから25mmへ、18.7mm(42.8%)の削減。左右にトルク差を与えても操舵に伝わりにくくするための寸法変更だった。Honda公式プレスインフォメーション PRELUDE 1996.11

ATTSの原理そのものは、1996年に突然現れたものではない。1987年、シビック・シャトルを右後輪だけで駆動する1輪駆動車に改造して、左右のトルク差が車の向きをどう変えるかを実験している。改造車で現象を確かめてから商品に載るまで9年かかったことになり、3代目が4WSを売り出した年に、次の次の答えの実験が始まっていたという順序になる。

寸法は全長4,520mm、全幅1,750mm、全高1,315mm、ホイールベース2,585mm。4代目から全長は80mm伸び、全幅は15mm狭まり、全高は25mm上がった。初代の1,290mmから18年かけて、5代目までで最も背の高い世代になり、低さを競う方向はここで止まる。初代からの全長増加は430mm、18年で10.5%。全幅は115mm、ホイールベースは265mm伸びている。

SiRのH22Aは200PSで、4代目のSi VTECと同値。型式はBB5/BB6/BB7/BB8に分かれる。

2001年、生産終了。1978年11月から数えて23年で、プレリュードという名前が一度カタログから消えた。

そしていま、この5代目が歴代で中古相場の最高値をつけている。出たときにどう迎えられたかと、30年後にいくらで売られるかは、別の線で動く。

2025年9月5日、47年目のプレリュード。

PRELUDE Conceptが世界初公開されたのは2023年10月25日、ジャパンモビリティショー2023の会場で、このとき2025年の市販化が告知されている。2025年7月31日に発売前の情報がホームページで先行公開され、9月5日に発売された。コンセプト公開から店頭までの期間は、ほぼ宣言どおりの約1年10か月だった。

PRELUDE Concept 世界初公開2023年10月25日 ジャパンモビリティショー2023ホームページで先行公開2025年7月31日 先行公開6代目BF1 発売2025年9月5日 発売(617万9800円)タミヤ 1/24 BF1 発売2025年9月13日 実車発売の8日後受注約2,400台を公表2025年10月6日 月販計画の約8倍
6代目——コンセプト公開から発売まで2023年のショーで予告された「2025年市販化」が、そのまま守られた日程。先行公開から発売までは36日だった。Honda公式ニュースリリース(2025年7月31日・10月7日)、Car Watch、タミヤ製品情報

空白が何年だったのかは、公式の中で数え方が割れている。Honda SPORTS DRIVE WEBは生産終了を起点に「24年」、公式ストーリーは英語版も含めて「約25年(about 25 years)」としている。生産終了か販売終了かで起点が変わるので、どちらも間違ってはいない。読者が自分で数えるなら、2001年から2025年までが24年、販売の最後の個体が出た時点から数えれば25年に近づく、という理解でいい。

型式はBF1。2ドアクーペで、47年を経て初代の2ドア・フィックスドクーペと同じ形に戻った。パワートレーンは2.0L直4+次世代e:HEVで、エンジンは主に発電を担当し、駆動はモーターが受け持つ。ここにHonda S+ Shiftが載り、変速機を持たないe:HEVに段つき感のある変速フィールを与える。

シャシーはホンダ シビック タイプR(FL5)由来。24年ぶりに戻ってきたクーペが、ハッチバックの技術資産の上に立っているという構図になっていて、初代がアコードと基本コンポーネンツを分け合って生まれた事情と、ちょうど対になっている。

6代目プレリュード(BF1)の公表項目
車両価格(税込)6,179,800円2025年9月5日発売
グレード数ワングレード構成
ボディカラー4色ムーンリットホワイト・パールを含む
インテリア設定2種
エンジン排気量2L直4+次世代e:HEV
月間販売計画(国内)300台/月2025年9月時点
発売約1か月の受注2,400台2025年10月6日時点
受注/月販計画比8倍約8倍
WLTCモード燃費(報道値)23km/L報道では22〜24km/L
空白期間(SPORTS DRIVE WEB表記)24年生産終了起点
空白期間(公式ストーリー表記)25年約25年
コンセプト公開2023年2023年10月25日
6代目プレリュード(BF1)の公表項目2025年9月5日発売、617万9,800円のワングレード。発売約1か月の受注2,400台は、月販計画300台の約8倍にあたる。Honda公式ニュースリリース、Car Watch、CAR and DRIVER、各種報道。燃費は報道値

価格は617万9800円(税込)のワングレード。ボディカラーは4色、インテリアは2種。2代目の最廉価136.0万円(1982年)から見れば約4.5倍、4代目の214.5万円(1991年)からは約2.9倍になる。1982年と2025年では貨幣価値も装備内容も違うので、この倍率を「値上がり」と読むのは乱暴だが、同じ名前の車に払う金額として見れば、482.0万円ぶんの距離がある。

ホンダ プレリュード 2代目 最廉価136万円1982年ホンダ プレリュード 4代目 最廉価214.5万円1991年ホンダ プレリュード 6代目(BF1)617.98万円2025年・ワングレード
デビュー時価格で並べる2代目136.0万円(1982年)、4代目214.5万円(1991年)、6代目617.98万円(2025年)。貨幣価値も装備も違うが、同じ名前に払う額としての距離は見える。Motor-Fan(2代目・4代目デビュー時価格)、Car Watch(6代目)

日本国内の月間販売計画は300台。1987年の3代目が4,000台/月だったので、13.3倍の落差ということになる。同じ車名、同じメーカー、38年。

ところが発売から約1か月の2025年10月6日時点で、累計受注は約2,400台に達した。月販計画の約8倍である。クーペを買う人がいなくなったのではなく、売る側が見積もる人数が少なくなっていた、と読むこともできる。

WLTCモード燃費は、報道で22〜24km/Lという値が出ている。

なお、駆動方式はFFを保っている。初代から、3代目の「FFスペシャルティカー」を経て、BF1もまた前輪駆動で出てきた。リトラクタブルは9年、ATTSは5年で消え、4WSは3世代14年を渡ってから消えたが、前輪で蹴るという一点だけが、名前が消えていた24年を挟んでも変わらなかった。

プレリュードは、CMで何を売ってきたか。

寸法と出力を並べると、この車が何を変えてきたかは分かる。ただ、何を価値として売ろうとしたかは、別のところに残っている。

初代のCMで流れたのは、タケカワユキヒデが歌う「PRELUDE」だった。曲名が、そのまま車名である。

2代目はラヴェルの「ボレロ」を使い、コピーは「FFスーパーボルテージ」。クラシックの反復と、技術を指す造語が同じ画面に並ぶ。デートカーと呼ばれるようになるこの世代が、売り文句の側では駆動方式を前に出していたことになる。

初代1978年 タケカワユキヒデ「PRELUDE」2代目1982年 ラヴェル「ボレロ」/FFスーパーボルテージ3代目1987年 後輪が切れる映像そのもの4代目1991年 アイルトン・セナ5代目1996年 ビゼー『カルメン』「ハバネラ」
プレリュードのCMが売ってきたもの音楽で売り、技術を見せ、人を立て、また音楽に戻る。機構そのものを映したのは3代目だけだった。編集部が整理した歴代CM一覧(世代別)

3代目は、音楽でも人でもなかった。後輪が切れる映像そのものを前面に出している。ハンドルを切ると、後ろのタイヤが向きを変える——説明を足さず、動いているところを見せた。

機構の説明をせずに伝わる、と判断できる機構だったということでもある。6世代のCMを並べたとき、売り物が機構そのものだったのはこの1代だけになる。

4代目はアイルトン・セナが出た。1988年から4年にわたってF1で勝ち続けたドライバーを、国内のクーペのCMに立てている。売っているのは車の構造ではなく、その名前が連れてくるものだった。

5代目はビゼー『カルメン』の「ハバネラ」。音楽に戻る。

美しいスペシャルティカー、技術を見せる車、走りを訴える車。軸は世代ごとに移っていて、同じ場所に留まった回がない。駆動方式だけが47年動かなかったこの車は、売り方の側では一度も同じ手を使っていなかったことになる。

歴代の数字を1枚に並べる。

6世代を縦に並べると、増え続けたものと、途中で折り返したものと、一度も動かなかったものに分かれる。

増え続けたのは全長で、4,090mm(初代)→4,295mm→4,460mm→4,440mm→4,520mmと、4代目の20mm短縮を挟みながら初代から5代目で430mm伸びた。ホイールベースも2,320mmから2,585mmへ265mm。重量は890kg(初代)、1,045kg(2代目)、1,180kg(3代目)。9年で290kg、初代の約1.3倍になっている。

ホンダ プレリュード 初代(SN)1,290mmホンダ プレリュード 2代目(AB/BA1)1,295mmホンダ プレリュード 3代目(BA4/BA5)1,295mmホンダ プレリュード 4代目(BA8ほか)1,290mmホンダ プレリュード 5代目(BB5〜BB8)1,315mmここで上がる
初代から5代目までの全高下がったのは4代目の一度だけ。5代目で1,315mmへ戻っている。ホンダ公式(各世代のプレスインフォメーション)

一方、途中で折り返したのは全高である。1,290mm→1,295mm→1,295mm→1,290mm→1,315mm。18年動いた幅はわずか25mmで、しかも最後に上がって終わっており、低さの競争は5代目で止まっている。

さらに、看板技術の寿命も並べておきたい。リトラクタブルヘッドライトが1982年11月から1991年9月までの9年、ATTSが1996年11月から2001年までの5年。4WSだけは1987年4月から2001年まで、3代にまたがって14年続いている。世代が変わるたびに目玉を掛け替えてきた車のなかで、後輪を切る機構だけが2回の代替わりを越えた。

販売チャネルも変わった。初代と同じ1978年に立ち上がったベルノ店は既に存在せず、6代目はHonda Cars全店で扱われる。「ベルノに行かないと見られない車」という条件が消えたことは、カタログをもらいに自転車で店へ行った世代にとっては、たぶん寂しい話でもある。

プレリュードが捨てなかったもの。

初代SN(1978年11月25日発売)は4,090mm×1,635mm×1,290mm、890kg、1,750cc CVCCで90PS。6代目BF1(2025年9月5日発売)は2.0L e:HEVとHonda S+ Shiftを積み、617万9800円のワングレードで出てきた。

この車が捨ててきたものを数えるのは、足したものを数えるより早い。リトラクタブルヘッドライトは9年、ATTSは5年、4WSは3世代14年。どれもその代の看板として売り出され、次の代までに外されている。看板にならなかったものも同じで、助手席へ手を伸ばすウォークイン・ノブは2代目から3代続いて、5代目で消えた。CMでさえ、音楽から技術へ、技術から人へ、また音楽へと、一度も同じ手を使っていない。

残ったのは、カタログで大きく扱われたことのない一行だった。駆動方式、前輪。

2025年のBF1は、エンジンが主に発電へ回り、駆動はモーターが受け持つ。1978年の1,750cc CVCCとは、動力の作り方そのものが違う。それでも地面を蹴るのは前輪である。名前が消えていた24年を挟んで47年、この車が手放さなかったのはそこだけだった。

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この記事の夢中ポイント

  • 全高の列(1,290→1,295→1,295→1,290→1,315mm)に注目してほしい。18年で25mmしか動かず、しかも最後に上がって終わる。クーペの比率がどこで変わったかが、この5つの数字だけで見える。
  • 3代目は4WSの有無で型式がBA4とBA5に割れる。中古で探すときの検索条件が変わるので、カタログの話ではなく実務の話として効いてくる。
  • ATTSは制御の話ではなく寸法の話。ホイールセンターオフセットを43.7mmから25mmへ18.7mm詰めたという一点が、左右トルク配分を成立させている。
  • 1987年の3代目は月販計画4,000台、2025年の6代目は300台。ところが発売から約1か月(2025年10月6日時点)の受注は約2,400台で、計画の約8倍に達した。

最終更新 2026年10月28日

FROM DUADISTS

この記事は、DUADISTから届いた写真と言葉で更新しています。

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  • CAR and DRIVER プレリュード特集 バックナンバー

    2代目・3代目の試乗記が当時の文体のまま残る。4WSが8万円高だった頃の受け取られ方が読める。

    対象世代: 2代目(1982年〜)・3代目(1987年〜)・内容: 新車解説と試乗記・入手: バックナンバー・復刻版カタログ記事

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  • モーターファン別冊 ニューモデル速報 プレリュードのすべて(5代目/BB系)

    ATTSの構造図とType Sの諸元が載る当時の号で、43.7mm→25mmという寸法変更の文脈を確認できる。

    発行: 三栄(モーターファン別冊 ニューモデル速報)・対象: 5代目プレリュード(BB5・BB6・BB7・BB8、1996年11月発売)・掲載: 主要諸元表・構造図・入手: バックナンバー

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  • ホンダ プレリュード 歴代モデル解説ムック(名車アーカイブ系)

    初代SNから5代目BB8までのカタログ図版を世代順に通して見られる。寸法の変化を図で追える。

    対象世代: 初代SN(1978年)〜5代目BB8(2001年生産終了)・内容: 当時のカタログ図版と解説

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  • 本田宗一郎 夢を力に(日経ビジネス人文庫)

    初代プレリュードが積んだ1,750cc CVCCを、触媒に頼らない道として選んだ会社の考え方が分かる。

    版元: 日本経済新聞出版(日経ビジネス人文庫)・形式: 文庫・内容: 本田宗一郎の自伝的回顧

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作る・使う

  • タミヤ 1/24 スポーツカーシリーズ Honda プレリュード(BF1)

    全長を1/24にすると約181mm。寸法の感覚が手で掴める。

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  • トミカプレミアム 24 ホンダ プレリュード

    歴代と並べて棚に置ける大きさ。

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※広告(アフィリエイトリンク)を含みます。価格・在庫は変動します。最新の情報は各販売ページでご確認ください。

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本記事は、メーカー公式資料、公的統計・資料、当時のカタログ、専門媒体等を参照し、DUAD編集部が内容を確認・構成しています。ここに挙げるのは、本文の数値・年月日の根拠として実際に使った資料です。

メーカー公式・官公庁・業界団体18

専門サイト・販売店・その他12

百科事典・個人の記録1

事実に辿り着く入口として参照したもの。数値や年月日の根拠は、できるかぎり上の資料で取り直しています。

最終閲覧日:2025年10月8日

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