ハンドル角120度で、後輪は1.5度動く。
高速道路で車線をひとつ移るとき、ハンドルはどれくらい回っているか。だいたい数十度から120度、つまり1/3回転にも届かない程度で、腕はほとんど動いていない。ホンダがBA5プレリュードの4WSで最初に効かせたのは、ちょうどこの領域だった。
ハンドル角およそ120度、前輪の切れ角にして10度足らず。ここで後輪の同位相舵角が1.5度でピークに達する。数字としては小さく、タイヤの向きを外から見て分かるかどうかという量だが、前後4輪が同じ方向を向いた状態で車体が横へ動くと、ヨー角の立ち上がりが抑えられて、姿勢を変えずに平行移動に近い動きになる。前輪だけを切る2WSでは、まず車体が向きを変え、その結果として横へ動くという順序になるので、この1.5度は「順序」を変えるための数字だったといえる。
そこからさらに切り込むと、後輪の同位相舵角は減っていき、ハンドル角230度、前輪20度足らずでゼロを通過する。ここが位相の反転点で、片側ロックまでの450度のうち約51%が同位相域、残り約49%が逆位相域という配分になっている。左へ切っても右へ切っても、フルロックまでに後輪が向きを変えるのは1回ずつ、左右合わせて2回だけ。アナログ機構なので不連続な切り替えは起きず、後輪舵角は連続的にゼロを跨ぐ。
| 発売年 | 1987年 | 4月9日発表・4月10日発売 |
|---|---|---|
| 販売終了 | 1991年 | 9月。4代目へ |
| 全長 | 4,460mm | |
| 全幅 | 1,695mm | 5ナンバー枠まで5mm |
| 全高 | 1,295mm | 2代目から変えていない |
| 乗車定員 | 4名 | 2ドアクーペ |
| ボンネット中央部の低下量 | 30mm | 従来車より。相対値 |
| エンジン搭載角(後傾) | 18度 | 低いボンネットの対価 |
| B20A 排気量 | 1,958cc | 上級グレード |
| ステアリング ロック・トゥ・ロック | 2.5回転 | |
| 後輪同位相のピーク舵角 | 1.5度 | ハンドル角120度あたりで最大 |
| 同位相ピーク時のハンドル角 | 120度 | 前輪は10度足らず |
| 位相ゼロ交差のハンドル角 | 230度 | 前輪は20度足らず |
| 位相反転点付近の後輪舵角 | 0.7度前後 | 200〜260度。算出値 |
| 後輪逆位相の最大舵角 | 5.3度 | ハンドル角450度で最大 |
| 片側ロック時のハンドル角 | 450度 | 前輪は約35度 |
| 位相反転点からフルロックまで | 0.6回転 | 約。算出値 |
| 最小回転半径(4WS車) | 4.8m | |
| 最小回転半径(2WS車) | 5.3m | |
| 最小回転半径の差 | 0.5m | 算出値 |
| 初代 発売 | 1978年 | 11月 |
| 2代目 発売 | 1982年 | 11月 |
| 4代目 発表 | 1991年 | 9月19日。4WSは電子制御へ |
| 4代目の全幅 | 1,765mm | 3ナンバー専用 |
そして230度を越えて回し続けると、後輪は逆位相へ入り、片側ロックのハンドル角450度——ロック・トゥ・ロック2.5回転、すなわち900度の半分——で5.3度まで開く。前輪の最大切れ角が約35度なので、比にすればおよそ1:6.6、前輪1度に対して後輪0.151度という勘定になる。
1みんなの写真
0.5mが、月極駐車場で何を変えたか。
後輪が逆向きに切れると、旋回の瞬間中心が前方へ移動する。前輪の切れ角だけで決まっていた回転中心が、後輪側からも押される形になり、車体はより小さな円を描く。BA5でその結果として出た数字が、最小回転半径4.8mだった。同じボディで後輪を切らない2WS車は5.3m。差は0.5mで、率にすれば約9.4%にあたる。
0.5mという量は、カタログの行としては地味に見える。ただし車庫入れは、切り返しが1回で済むか2回要るかという離散的な話で、回転半径が連続的に効くわけではない。当時の月極駐車場で、隣の車との間に半メートルの余裕が生まれるかどうかが、ハンドルを持ち替える回数を1回分左右する——この種の効き方は、数字の大きさに比例しない。
逆位相が最大になるのは片側ロック付近、つまり車庫入れや縦列駐車でハンドルを目一杯回している領域だから、5.3度は日常操作のいちばん面倒な場面に合わせて置かれていた。一方で同位相のピーク1.5度は、ハンドル角120度という高速巡航中の小舵角に合わせてある。2つの狙いが、舵角という1本の軸の上で住み分けている。
9.4%
最小回転半径の縮小率
5.3mから4.8mへ。0.5mの差は、率にすれば約9.4%にあたる。
変化の速さも、この住み分けを裏づけている。同位相域はハンドル角0〜120度で1.5度を稼ぐので平均0.0125度/度、逆位相域は230〜450度の220度で5.3度を稼ぐので平均0.024度/度。ハンドルを回した量に対して、低速側のほうが後輪は約1.9倍速く動く。位相が反転する230度から片側ロックの450度まではおよそ0.6回転しか残っていないので、車庫入れで最後にぐいと回し込むそのひと転がしのあいだに、後輪は5.3度まで一気に開いていく。逆にゼロ点の前後、ハンドル角でいえば200度から260度あたりでは、平均勾配から計算した後輪舵角は0.7度前後。位相が入れ替わる瞬間そのものは、ドライバーの手には何も伝わらない。
TIPS
試作車は、頭が2つあるアコードだった。
4WSの開発初期に作られた試作車は「双頭のアコード」と呼ばれている。後輪側の操舵系を前輪とつながず、独立して動かせるようにした車で、後ろの舵角だけを自由に変えて試せる。社内では100人以上が試作車を運転して、どの切れ方なら違和感が出ないかを確かめた。ハンドル角だけで後輪を決めるという答えは、机の上ではなく、この運転席から出てきた。
ダブルクランクは、電気なしで位相を反転させた。
後輪を動かす機構は、偏心シャフトとプラネタリーギヤを組み合わせたダブルクランクだった。固定されたインターナルギヤの内周をプラネタリーギヤが公転しながら逆向きに自転し、その合成運動のうち上下成分をスライダーとガイドで捨てて、左右成分だけをストロークロッドへ渡す。ハンドル角が増えるにつれて合成された点の軌跡が向きを変えるので、同位相から逆位相への反転が、電気的な判定なしに幾何だけで起きる。
最初からこの形だったわけではない。開発の途上ではシングルクランク案が検討され、最終的に不採用となっている。採られたダブルクランクの側は、同位相1.5度に対して逆位相5.3度という3.5倍以上の非対称を、電気を使わずに幾何だけで作り分けていた。
動力源も持たない。後輪のギヤボックスは前輪側とセンターシャフトで機械直結されていて、油圧ポンプもモーターも介さず、ECUもアクチュエータも介在していない。入力はハンドル角ただ1つで、4WS機構が車速センサを使うことはなかった。車体側には車速応動型パワーステアリングが載っているので、速度を測っていないのは車ではなく、後輪を動かすこの機構のほうである。発売当時の正式な技術名称は「舵角応動タイプ ホンダ4輪操舵システム」で、入力が舵角だけであることが名前の頭に置かれている。開発の当初は、高速では前輪と同じ向きに、低速では逆向きに切る車速応動型で検討していた。ホンダの技術解説によれば、この方式はシステムが複雑になり、商品としての力に難が出る可能性を指摘されて見送られている。舵角で後輪を決める方式に切り替わり、名称はその結果をそのまま写した。
ここに1つ、設計が置いた前提がある。高速域では大舵角を使わない——言い換えれば、ハンドルを450度も回す場面は必ず低速だ、という運転行動への賭けである。この前提が成立する限り、車速を測らなくても「高速で同位相、低速で逆位相」が結果として実現する。速度を判定しているのではなく、速度と舵角の相関に乗っているというのが正確な言い方になる。
TIPS
世界初は「舵角応動」のほうだった。
4輪操舵そのものは1985年の日産 スカイライン(R31)のHICASが先にある。BA5が世界初とされているのは「舵角応動タイプの4輪操舵システムを量産乗用車に搭載したこと」で、公式の言い方もそこを限定している。先か後かではなく、何を見て動かすかが新しかった。
開発は和光研究所の第6研究ブロックで進められ、佐野彰一、古川修といった技術者の名が公式記録に残っている。公式の回想によれば、初期には後輪を同方向に切るか逆方向に切るかさえ決まっていなかったという。方向すら未定の段階から、120度・230度・450度という3つの数字に辿り着くまでの過程が、この機構の本体なのかもしれない。
なお、ホンダが使う「世界初」には限定条件が付く。後輪を操舵する市販車としては日産のR31型スカイラインが1985年にHICASを搭載して先行しており、ホンダの表現は「舵角応動タイプの4輪操舵システムを量産乗用車に搭載」という限定である。HICASは車速と横Gを見て後輪を動かす方式で、入力がそもそも違う。1987年にはマツダ カペラ、三菱 ギャランがそれぞれ4WSを投入しており、この年だけで国内3社以上が後輪操舵を市販に出している。
自動車技術会の「自動車技術330選」は、プレリュードの4WSをシャシー分野で選定している。ただしそこにある「車速とハンドル操作量に応じた」という一文は、車速を見ないBA5ではなく、後年の電子制御型を含めた総括と読むのが筋である。
全高は1mmも下げず、ボンネットだけ30mm下げた。
寸法表を先代と並べると、妙なことに気づく。3代目プレリュードは全長4,460mm、全幅1,695mm、全高1,295mm。2代目比で全長は+85mm、全幅は+5mm、そして全高は±0mmで据え置かれている。つまり、車としては長く広くなったのに、背は1mmも変わっていない。
普通なら全高も一緒に下げてスポーティに見せにいくところを、ホンダは1,295mmという数字に手を付けなかった。下げたのは、運転席から見える面のほうである。
30mm
ボンネット中央部の低下量
従来車比の相対値。全高1,295mmに対して約2.3%にあたる。
全高1,295mmに対する比率でいえば、30mmは約2.3%にすぎない。ただし運転席から見える範囲でいえば、目の前にある面がそのぶん沈んだことになるので、数字の小ささと、座って感じる差は一致しない。下がったのはボンネットの中央部で、左右のフェンダー上面との段差はむしろ際立つことになり、この世代の顔つきはそこから来ている。低い面と、その両脇に残った稜線。寸法表の1行には出てこない形の話である。
TIPS
フェラーリ308と、ノーズの高さがほぼ同じだった。
当時のモーターファン別冊は、新型プレリュードとフェラーリ308GTの側面図を重ねた図を載せている。添えられているのは「ノーズのラインと低さが偶然にもほとんど同じ」という一行。308はエンジンを運転席の後ろに積むミッドシップで、前には何も無い。プレリュードは前に横置きのエンジンを積んだFFである。積んでいるものがまるで違う2台のノーズが、同じ高さに並んだ。
後傾18度という対価。
ボンネットの高さを決めているのは、その下にあるものの高さである。横置きのFFで最も上に出るのはシリンダーヘッドの頂部だから、ここを下げない限りボンネット面は下がらない。ホンダが採った手段が、エンジンを18度後傾させて搭載することだった。2代目では、同じエンジンが15度前傾して積まれている。前へ15度と後ろへ18度。同じ車名の次の代で、搭載の姿勢が33度ぶん振り替わったことになる。
| ホンダ プレリュード 3代目 全長 | 4,460mm | |
|---|---|---|
| ホンダ プレリュード 3代目 全幅 | 1,695mm | |
| ホンダ プレリュード 3代目 全高 | 1,295mm | |
| ホンダ プレリュード 2代目 全長(逆算) | 4,375mm | 推定 |
| ホンダ プレリュード 2代目 全幅(逆算) | 1,690mm | 推定 |
| 全長の従来比 | 85mm | 増 |
| 全幅の従来比 | 5mm | 増 |
| 全高の従来比 | 据え置き | |
幾何としては単純で、直立させたエンジンの高さをHとすると、18度倒したときのヘッド頂部の高さはH×cos18度、cos18度は約0.951なので、およそ4.9%分が下がる目安になる。実際には補機やインテークの配置で上下するので、この計算はあくまで方向を示す目安にすぎない。当時の資料は、結果の側を数字で出している。クランクシャフトの高さは33mm低くなり、車体の重心は従来車比で20mm下がった。ボンネット面を30mm下げるために、その下にあるものを1つずつ下げていった記録が残っている。
代償は、エンジンルームの前後方向に出る。倒したぶん、シリンダーヘッドは後方——つまりダッシュパネル側——へ張り出すので、同じ高さを稼ぐならボンネットは前後に長くなる。全長は2代目比で+85mm伸びている。寝かせた分の体積はどこかへ逃げる必要があるので、低さと長さは同じ設計の表と裏にあたる。
サスペンションは前後とも4輪ダブルウィッシュボーン。当時の資料は、これをフォーミュラ・レーシングカーの代表的な形式として紹介している。初代は前後ともストラットで、2代目でフロントだけがダブルウィッシュボーンになり、3代目で後ろも揃った。3代続けて、下から順に入れ替わっていったことになる。
この形式がストラットに比べてタイヤハウス上端を低くできる点は、低いボンネットと無関係ではない。ストラットはダンパーを立てて車体に留めるので、その上端がタイヤハウスの高さを決める。ダブルウィッシュボーンはアームを上下に2本重ねて支えるため、ダンパーを立てる場所を選べる。フロントはアッパーアームとロワアームのスパンを広げたうえで、ねじりを入れたアッパーアームと、二股に割ったダンパーを使って、軽さと小ささを両立させている。
後ろ側は、フロントに似た形のナックルにアッパーアーム1本とロワアーム2本が付く。前側のロワアームにはラジアスロッドが通っていて、これがブレーキをかけたときに後ろが持ち上がるのを抑える役目も兼ねる。後輪まわりにギヤボックスとストロークロッドを抱え込む以上、サスペンションの取り付け位置とロッドの通り道は同時に成立させるほかない。上下にアームを2本重ねる形式は、ストローク時のトー変化が幾何で読める。機械式4WSが与えた5.3度を路面へ渡す側にも働いていたと考えられる。後輪を操舵する機構と後輪を支える機構が同じ設計の机の上に載っていたことは、部品の配置を見れば分かる。
ヘッドライトはリトラクタブルで、2代目(1982年11月発売)から続く形式だった。灯火器の取付高には保安基準上の下限がある。ボンネット中央部は従来車比で30mm低い。リトラクタブルは、点灯するときだけ灯体を起こす。伏せているあいだ、ボンネットの高さは灯火器の取付高に縛られない。
TIPS
後輪が動くのを、CMで見せた。
1987年の3代目のCMは、4WSで後輪が操舵する様子そのものを映している。低いボンネットでもリトラクタブルでもなく、「後輪が動く」という、それまでの車に無かった画を広告に使った。機構の説明をせずに、動いているところを見せれば伝わる——そう判断できる機構だったということでもある。
全幅1,695mmは、5ナンバー枠の上限1,700mmまで残り5mm。全長4,460mmは上限4,700mmに対して240mmの余裕があるから、幅だけを枠いっぱいまで使い切った寸法設計だったことになる。4年5ヶ月後、1991年9月19日に発表された4代目は全幅1,765mmの3ナンバー専用ボディへ移り、+70mm広がって枠の外へ出た。3代目は、5ナンバーの中で低さと幅を取り切った最後の世代だったといえる。
機械式は、いったん市場から退いた。
BA5が積んだのは後輪ギヤボックスとセンターシャフトで、前輪側から機械で直結するぶん、電気で動かす方式より部品が車体の前後に長く通る。
上級グレードに載るホンダ B20Aは直列4気筒で排気量1,958cc。最高出力はMTが145PS、ATが140PS。同じエンジンで、組み合わせる変速機のほうが出力の表記を5PS動かしている。
DUAD SELECT
30mmの低さは、立体で見たほうが早い。
ボンネット先端の地上高は公表されていないので、写真でも数字でも「低さ」は掴みにくい。傾斜の付き方とライト格納時の面の連続は、手元に立体があると一目で分かる。当時のカタログが手に入れば、寸法図ごと確認できる。
1987年は、後輪を動かす機構が一斉に世に出た年でもある。同じ年にマツダ カペラが4WSを載せ、三菱 ギャランも続いた。ホンダが付けた正式な名前は「舵角応動タイプ ホンダ4輪操舵システム」で、何に応じて動くのかが名前の頭に入っている。車速でも横Gでもなく、舵角である。この一語が、機構の全部を言っている。
1年後の1988年5月には日産 S13シルビアが登場し、同じ価格帯に別の売り方をするクーペが加わった。BA5の生産は1991年9月まで、およそ4年5ヶ月続いている。
TIPS
型式は E-BA5 と E-BA4 で分かれる。
4WSが載るのは E-BA5、1.8Lは E-BA4。車検証の型式欄だけで、4WS車かどうかが分かる。中古を見るときは、外観やカタログより先にここを見る。後期には BA7 も加わる。
後輪を操舵すること自体は、1991年の4代目に電子制御の4WSとして引き継がれた。途絶えたのは、電気を使わない機械式のほうである。ホンダが後輪側の制御に名前を付け直すのは2012年のPrecision All-Wheel Steer(P-AWS)で、1987年から25年後。そのときには電動アクチュエータになっていて、センターシャフトは残っていない。ハンドル角だけを見て後輪を5.3度まで開く機構は、BA5の4年5か月で終わっている。電気を使わずに位相を反転させるこの方法を、ホンダ自身が25年後に電動へ置き換えた。
BA5が残した3つの角度。
120度で同位相1.5度、230度でゼロ、450度で逆位相5.3度。BA5プレリュードの4WSが持っていたのはこの3つの数字だけで、4WS機構には車速センサもECUもモーターも使わず、センターシャフトで機械直結された前後のギヤボックスが、ハンドル角という1つの入力から全部を出していた。成立の条件は「高速域では大舵角を使わない」という運転行動への賭けで、判定ではなく相関に乗った設計だった。
結果として出たのが最小回転半径4.8m、2WS車の5.3mに対して0.5m、率にして約9.4%の縮小になる。ボンネット側は全高1,295mmを1mmも動かさずに中央部を30mm下げ、その手段としてホンダが明記しているのはエンジン後傾18度だけだった。
次にBA5の実車を見る機会があれば、ハンドルを1/3回転だけ回して、後輪の向きを見てほしい。230度を境に反転するその1点が、電気を1ワットも使わずに作られている。

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