2.5gは、もう説明されている。
DL-103の適正針圧は2.5±0.3g。1964年の設計値が、いまも同じ数字で載っている一方、9年後の1973年に出たShure V15 Type IIIは1970年代末に姿を消した。
| 発表年 | 1964年 | NHKとの共同開発 |
|---|---|---|
| 適正針圧 | 2.5g | ±0.3g。1964年から変わらない |
| 針圧の許容幅 | 0.3g | ± |
| 自重 | 8.5g | |
| 針先曲率半径 | 16.5μm | 丸針 |
| 再生周波数範囲 下限 | 20Hz | |
| 再生周波数範囲 上限 | 45,000Hz | |
| 出力電圧 | 0.3mV | 1kHz・50mm/sec. |
| 出力インピーダンス | 40Ω | |
| 適合負荷インピーダンス | 100Ω | |
| 左右分離度 | 25dB | |
| 左右感度差 | 1dB | 以内 |
| コンプライアンス | 5×10⁻⁶ cm/dyne | |
| 価格(1970年頃) | 16,000円 | |
| 価格(1978年頃) | 19,000円 | |
| 価格(2007年頃) | 24,762円 | |
| 価格(2015年頃) | 35,000円 | |
| DL-103U 発売年 | 1981年 | |
| DL-103U 価格 | 21,000円 | |
| DL-103R 出力電圧 | 0.25mV | 低抵抗コイル仕様 |
| DL-103R 電気インピーダンス | 14Ω | |
| DL-A110 質量 | 18.5g | ヘッドシェルアダプター含む |
| DL-A110 保証期間 | 5年 | |
| 市販デジタル針圧計の分解能 | 0.01g | 2.5±0.3gに対して十分細かい |
| Shure V15 Type III 発売年 | 1973年 | 9年後に出て、先に消えた |
| V15 Type III 針圧上限 | 1.25g | DL-103の半分 |
このうちDL-103が続いたほうの理由は、すでにデノン自身が公開している(V15 Type IIIが消えた理由については、デノンは何も言っていない)。公式ブログ「銘機探訪」(2014年、発売50年の時点)は、DL-103がデノン(当時は日本コロムビア)とNHKの共同開発で、FMステレオ放送の送り出し用標準カートリッジとして世に出た経緯を書いたうえで、こう続けている——放送局は、途中で性能・仕様を変えることを許しません
。変えないのではなく変えられない、という説明である。ただし同じ記事は、50年のあいだに必要最小限の改良はしていて外観は多少異なる、とも書いている。変わっていないのは音と仕様であって、物として一切手つかずという話ではない。反った盤や偏心した盤でも針飛びを起こさないという要求から2.5gが決まったのだとすれば、その値だけが動かないことにも筋が通る。ただし、そこまで書き残した資料は無いので、ここは推論にとどまる。
その説明を前提にしても、残る問題は別にある。この2.5gという数字を、自分の装置で実際に出せているかどうかだ。設計値がいくら安定していても、アームの目盛りが指している値が本当に2.5gである保証はないので、ここから先はカタログに書いていない領域になる。
目盛りは、そこに合わせればその針圧になるという約束ではない。支点の摩擦、アームの個体差、盤の高さ。どれも目盛りの外側にあって、合わせただけでは消えない。
カタログのコンプライアンス欄には、条件が書いていない。
カートリッジとアームの整合で効くのは、コンプライアンス(ダンパーの柔らかさ)とアームの実効質量の関係である。共振周波数は f=1/(2π√(M・C)) で決まり、目標帯は8〜12Hzとされるが、これは盤の反りによる数Hzの揺れと、可聴帯域の下端20Hzの間に共振を置くという考え方だ。ただしこの一般則の一次記述は、アームやカートリッジのメーカー技術資料では取得できていないため、確度の低い前提として扱う。
DL-103は5×10⁻⁶cm/dyne、オーディオテクニカ AT-VM95シリーズはスタチック17×10⁻⁶cm/dyne、ダイナミック(100Hz)6.5×10⁻⁶cm/dyneで、スタチック値どうしなら3.4倍差になるが、ダイナミック値と比べれば1.3倍差にしかならない。しかもDL-103の5×10⁻⁶がどちらの条件の値かは、公式資料では確定できないままである。
同じ欄に並んだ数字が、同じ条件で測られているとは限らない。
自重はDL-103が8.5g、AT-VM95シリーズが6.1gで、2.4gの差はバランスウェイトの調整範囲に、コンプライアンスの差はアームの選択に効く。低コンプライアンスは重量級アーム向き、高コンプライアンスは軽量アーム向き——という言われ方はするが、上の一般則が確かめられていない以上、これも方向の目安として置いておく。
AT-VM95の垂直トラッキング角は公称23度である。ただしこれを「正解の角度」と読んではいけない。オーディオテクニカ自身が垂直トラッキング角は『これが正解』という値がなく、これと決められるものはありません
と書いていて、同社のAT-ART20は20度をとっている(同じ解説記事に併記されている)。23度は設計上そう決めた値であって、そこから逆算してアーム高さ(VTA)を合わせる基準になる、という順序である。針圧の数字を追う前に、取付位置と高さが設計値の前提から外れていないかを見る。順序としてはそちらが先だ。
0.3mVを、どこで持ち上げるか。
DL-103の出力電圧は0.3mV、AT-VM95Cは4.0mV(1kHz、5cm/sec)で、電圧比13.3倍、22.5dBの差がある。測定条件の書き方はメーカーで揃っていない。オーディオテクニカは仕様表に1kHz、5cm/sec.
と併記し、デノンは取扱説明書に1kHz, 50mm/sec., horizontal direction
と載せている一方、日本語の製品ページには条件を書いていない(2026年9月時点)。50mm/secは5cm/secと同じだが、水平方向という限定はデノン側にしかない。この一行が、フォノ側の構成をほぼ決めてしまう。
22.5dBという差は、増幅の段をもう一段はさむかどうかの分かれ目になる。MM型ならフォノ入力に直接つなげるものの、MC型はそこに届かないので、カートリッジを選んだ時点で、その先の構成まで決まっている。
差がどれだけあるのかは、数字で置いたほうが早い。電圧の比13.3倍をデシベルに直したものが、次の一行になる。
MM型の4.0mVはフォノ入力にそのまま入り、メーカーが指定する負荷条件は負荷抵抗47kΩ、負荷容量100〜200pFだが、これはカートリッジ側の推奨値であって、実機の入力容量がその範囲に収まるとは限らない。AT-VM95のコイルインピーダンスは1kHzで3.3kΩ、直流抵抗485Ω、コイルインダクタンス550mH。負荷容量がわざわざ指定されているのは、この550mHと容量の組み合わせで高域の応答が動くためで、ケーブルの静電容量まで含めて数える範囲になる。針先形状が変われば出力も動き、AT-VM95ENとMLは3.5mVである。
対してMC型の0.3mVは、22.5dB分をどこかで稼ぐ必要があり、昇圧トランス、ヘッドアンプ、あるいはMC入力を備えたフォノイコライザーのどれを選ぶかは、好みの前にカートリッジの出力インピーダンスで決まる。DL-103は40Ω、低抵抗コイル仕様のDL-103Rは14Ωで、出力は0.25mVと標準機より0.05mV低い。針圧と質量まで標準機と同じかどうかは、今回は仕様表で確かめられていない。
同じDL-103という名前でも、40Ωと14Ωではトランスの巻線比の置き方が別になるので、ここを合わせずに音が薄いと言っても、それは整合の話でカートリッジの話ではない。22.5dBを稼ぐ段が一つ増えるということは、そこで乗るノイズと歪みの取り扱いも一つ増える、という意味でもある。
負荷抵抗と巻線比は、合わせれば済む話で、合わせなければ何も始まらない話でもある。音が薄いと感じたときに疑う順番がここで一つ決まり、カートリッジより先に見るのは、つなぎ方のほうだ。
| DL-103 出力電圧 | 0.3mV | |
|---|---|---|
| DL-103 出力インピーダンス | 40Ω | |
| DL-103R 出力電圧 | 0.25mV | 6N銅 |
| DL-103R 電気インピーダンス | 14Ω | |
| AT-VM95C 出力電圧 | 4mV | 1kHz・5cm/sec |
| AT-VM95 直流抵抗 | 485Ω | |
| AT-VM95 コイルインダクタンス | 550mH | |
| AT-VM95 推奨負荷抵抗 | 47kΩ | 負荷容量100〜200pF |
AT-VM95の価格階段——財布に順序がある製品。
AT-VM95シリーズはボディが共通で、交換針を替えると機種名が変わる。丸針の交換針AT-VMN95Cが¥2,600(税別)、無垢楕円のAT-VMN95ENが¥12,000(税別)で約4.6倍の差になるが、動かすのはこの差額だけで、ボディもアームも取付位置もそのままである。
本体価格はAT-VM95EN ¥15,000、マイクロリニア針のAT-VM95ML ¥23,000。DL-103(2015年頃¥35,000)の半分以下だが、MMとMCで必要な増幅段が違うので、総額で比べるならフォノ側を含めて数えることになる。
共通仕様は、適正針圧1.8〜2.2g(標準2.0g)、質量6.1g、出力4.0mV(C)/3.5mV(EN・ML)、針先は0.6mil接合丸針(C)と0.3×0.7mil楕円(E・EN)。DL-103の16.5ミクロンは約0.65milに相当するため、丸針同士なら曲率はほぼ同等である。0.65milと0.6mil——1964年の丸針と2019年の丸針が、ほぼ同じ大きさの球で溝に触っている。
チャンネルセパレーションは1kHzで18dB。一方、DL-A110が仕様に掲げるのは1kHzでの左右感度差1dB以内で、同じ「左右」でも公表している項目そのものが違う。針寿命については、デノンはDL-103の仕様に時間数を載せていない。数字を出しているのはオーディオテクニカのほうで、AT-VM95シリーズの交換針一覧には針先形状ごとの目安がある——丸針300〜500時間、楕円針300時間、マイクロリニア針1,000時間、シバタ針800時間。値段の順ではない。丸針のAT-VM95Cが300〜500時間で、上位機の楕円針AT-VM95Eは300時間と、むしろ短い。針先が細いほど寿命が延びるわけではなく、形状ごとに別の数字が置かれている。ここでも、公表している項目そのものが違う。
DL-103の価格は、¥16,000(1970年頃)→¥19,000(1978年頃)→¥24,762(2007年頃)→¥35,000(2015年頃)と動いてきて、45年で約2.2倍。派生機のDL-103Uは1981年に¥21,000で出ている。45年で2.2倍が高いのか安いのかは、原材料も為替も流通も消費税率も動いた45年なので、この4点だけでは決められない。言えるのは、同じ型番が45年間、値をつけ替えながら売られ続けたということのほうだ。なお2026年9月時点の実売価格は取得していないが、流通と為替で動く。
SL-1200MK7は、回転を12万円で買う機械。
Technics SL-1200MK7は2019年5月24日発売、発売時価格¥120,000(税込)。コアレスDDモーターの起動トルクは1.8kg・cm(0.18N・m)で、33 1/3rpmまでの起動は0.7秒。ワウ・フラッターは0.025% W.R.M.S.——この数字が発売時12万円の機械に付いている。
回転数は33 1/3と45rpm、スイッチ切換で78rpmにも対応する。ただし回転数を合わせただけでは足りず、SP盤は溝が広いので針先も太いものに替える。AT-VM95シリーズにも3mil接合丸針のAT-VM95SPが別に用意されている。ピッチ可変幅は±8%と±16%、シャーシはアルミダイカストとガラスファイバー20%混入ABSの2層構造で、トーンアームはスタティックバランス型のS字ユニバーサルにジンバルサスペンションを組み合わせる。SL-1200GRをベースにしたモーターチューニングという説明は販売店の資料に出てくるもので、メーカーはそう書いていない。
DJ用途に必要な起動トルクと0.7秒の立ち上がりは、Hi-Fi用途では回転の安定として受け取ることになるが、用途の名前が変わっても、測っている量は同じだ。
TIPS
DL-103が想定していたのは、反った盤である。
盤を目の高さまで持ち上げ、照明を映しながらゆっくり回す。映り込んだ光の線が波打てば反っている。実はこれがDL-103の2.5gという針圧の背景でもあって、放送局の機材は途中で仕様を変えられないから、反った盤でも針飛びを起こさないことが要求になる。1964年の登場から、この数字は動いていない。針先も16.5ミクロン(0.65mil)の丸針のままで、半世紀を挟んで同じ寸法の球が溝に触っている。
DL-103の5×10⁻⁶cm/dyneと組んだときの共振周波数は、アームの実効質量が分からないとカタログの掛け算では出せない。目標帯の8〜12Hzに入っているかどうかは、テストレコードで確かめる。数字を知っていることと、測れることは別である。
| 価格(税込) | 120,000円 | 2019年5月24日発売 |
|---|---|---|
| 起動特性(33 1/3rpm) | 0.7秒 | |
| ワウ・フラッター | 0.03% W.R.M.S. | |
| 起動トルク | 0.18N・m | 1.8kg・cm |
| ピッチ可変幅 | 8% | ±。切換で±16% |
買う順番は、針圧計→カートリッジ→プレーヤー。
DL-103の許容幅は2.5±0.3g、AT-VM95の指定幅は1.8〜2.2gで、幅にすればそれぞれ0.6gと0.4gしかないため、アームの目盛りとバランスウェイトの再現性だけでこの内側に入っているかを判定するのは難しい。市販のデジタル針圧計は分解能0.01gが一つの目安になる(特定機種の推奨ではない)。これを使えば、いま鳴っている音がどの針圧の音なのかが数字で確定する。
DUAD SELECT
針圧計を、いちばん先に。
DL-103の許容幅は±0.3g、AT-VM95の指定幅は1.8〜2.2g。この幅の内側に入っているかは、アームの目盛りでは判定できない。分解能0.01gクラスの針圧計と、取付位置を決めるゲージは、カートリッジよりも先に効く。
買う順番は、針圧計→カートリッジ→プレーヤーである。針圧と取付位置の誤差はどのプレーヤーを使っていても同じだけ効くので、12万円の機械を足しても、針圧が0.5gずれていればそのずれは最後まで残る。逆に言えば、いま手元にあるプレーヤーのままでも、針圧を指定幅の中央に置くところまでは数千円で到達できる。
0.6g
DL-103の針圧の許容幅
2.5±0.3g。上下あわせて0.6gしかない。
やることは3つある。どれも道具さえあれば、その日のうちに終わる。
分解能0.01gクラスの針圧計で測った針圧を、カートリッジの型番と日付とともに書き留め、オーバーハングと針先の向きをゲージで確認し、針の使用時間を数え始める(AT-VM95系なら針先形状ごとの目安に対して、DL-103のように公称値が無いものは自分の基準として)。ここまでが機材の話ではなく、記録の話である。
日本のアナログディスク生産数量の過去最高は1976年の1億9,975万2,000枚だが、生産金額の過去最高は1980年の1,812億3,800万円で、数量のピークと金額のピークが4年ずれている。単価と品目構成が動いた4年だ。
2024年のアナログ生産金額は70億円を超え、1989年以来の水準に戻ったが、1980年のピークに対しては約4%である。同年の音楽ソフト生産金額全体は2,052億円で、アナログはその3%台にあたる。1976年に工場から出た2億枚近い盤の一部が、いまも中古棚に残っている。
TIPS
78回転は、針から替える。
78rpmのスイッチが付いていても、それだけでSP盤が鳴るわけではない。SP盤は溝が広いので、針先も太いものに替える。AT-VM95シリーズには3mil接合丸針のAT-VM95SPが別に用意されていて、通常の丸針0.6milの5倍にあたる。ボディは共通だから、差し替えるのは交換針の側だけで済む。SP盤が手元にあるなら、回転数の欄より先に、その太い針が入手できるかを確かめておく。
枚数が戻り、金額も戻った。ただし戻ったのは市場の側で、手元で針圧を測れるかどうかは、そことは関係なく決まる。針圧を合わせる相手は、いまも棚にあるその盤である。
50年前の盤に、いまのカートリッジを下ろす。そのとき効くのは機械の値段ではなく、針先にかかっている重さのほうだ。枚数が戻っても、金額が戻っても、そこは変わらない。
針圧計から始める。
持ち帰る数字は4つでいい。DL-103の2.5±0.3gは1964年から変わっていないこと。V15 Type IIIは針圧上限1.25gまで下げていて、それを支えたのがスタイラス・アッセンブリの実効質量25%減であること。0.3mVと4.0mVの差=22.5dBが、フォノ側の構成を決めること。コンプライアンスはスタチックとダイナミックで数字が別(17×10⁻⁶と6.5×10⁻⁶)で、条件を確かめずに比べると壊れること。
次にやることは1つ。手持ちのカートリッジの針圧を、分解能0.01gクラスの針圧計で測って、型番と日付とともに書き留める。カートリッジもプレーヤーも、そのあとで選べる。